160 / 304

2−35

「いえ。それよりも   」  そう言いかけたところで耳が大きく動いて音を拾った。 「 ……何が?」 「瘴気と魔物です。外周の兵達に知らせを送りましたので、交戦中かと思われます」 「わかりました。幸い、これは聖別されている物なのですぐに加わります」  へつられてだいぶ刀身が細っていることに不安がない訳ではなかったけれど、それで込められたかすがの力が弱まるわけではなし、切れ味が多少落ちた程度だ。 「いえ、閣下ははるひ様達をお守りください」  そう言うと後ろの常緑の枝の意匠が施された大剣を手に取り、屋敷の外を睨みつける。 「私が出ます」 「その剣は模造品だったはず……」  闇の中でなお輝いて見える意匠を凝らした大剣は現役時代に母が使っていた得物のレプリカで、本物に比べてずいぶんと軽く作ってあると聞くので使い勝手はずいぶんと違うはずだ。  ましてや、未だに歯が立たないとは言え、現役を退いて久しい母を前面に出すのは気が引ける。 「ええ。ですが内密にミロク様に聖別もして頂いておりますし、問題はございません」  ミロクの聖別……と聞いて思わず言葉に詰まったのを母は見逃さなかった。 「まだらではございますが、十分です」  はっきりと言い切るものの素直に頷き返すことができない。  代々の巫女達はそれぞれに力の大小とは別に神から賜った聖なる力の扱いの上手下手があり、その大胆な性格を映したようにミロクの力の扱い方は雑……いや、豪快だった。かすがが聖別した物に比べると、ミロクが聖別した物にはムラがあるのは有名な話でもある。 「その分、切ればいいだけの話なので」  そう言い切れるのは母だからこそなのだと、指摘する前に背を向けられてしまう。 「服を整えられましたら陛下の所へ。ここには地下に隠し部屋もございますのではるひ様達とそちらに移っていただくようお願い申し上げます」  高く結わえられた黒髪とぴんと立ちあがった両耳、翻る漆黒の尾は現役時代となんら変わることのない鉄壁の守護者の名に相応しいもので……  幾度も憧れを持って見上げた姿のままだった。  はるひを起こした時、着替え終えた俺を見て何かを悟ったのかいつもの寝起きの柔らかな視線がすぐに霧散した。着替えるように促し、ヒロが必要になりそうなものを鞄に詰め込む。 「何があったんですか?」 「   ……」  ありのままを言ってしまえばはるひを怖がらせるだけかと、一瞬何か違う言い訳を考えようとしたが緩く首を振ってそれを追い払う。  俺が下にも置かないような態度をはるひが望んでいるわけではないし、そんな扱いをされなくてはならないほどはるひは弱くないことを良く知っているからだ。

ともだちにシェアしよう!