266 / 304
2−141
今でも覚えている。
こちらを指さして「おまけ」と告げられたあの瞬間のことを。
「儀式がしたいのか?」
「? ……だって……そうしないと……」
元の世界に一刻でも早く戻って、クラドを助けに行きたいと言ったオレに、神の力を身に溜めなければ戻れないと言ったのはコリン=ボサ自身だ。
だと言うのにこちらが苛々とすればするほどこの神はのらりくらりと躱しにかかるような言動ばかりをして……
今、現実で何が起こっているかを考えただけで取り乱しそうなのを、神の御前にいるのだからと押さえ続けるのにも限界があった。
「……外、に、行きます。私は帰らないといけないんです!」
「外、外か……お前はそれをどこまで覚えている?」
尋ねられて階段を降りようとしていた足を止める。
玄関周りは覚えていた、あまりの驚きに振り向きもせずに家の中に入ったけれど、あの時背後はどうなっていたんだろうか? 住宅地だったはずだから周りに家があったことは確かだ、すぐ傍には小さな公園もあったしそこから道路が伸びて幼稚園への道があって……
けれど向かいの家がどんな家だったかと尋ねられたら思い出せないことに気がついた。
家はあった、けれどあっただけ。
その壁が何でできているか、どこの部分が何色だったか、庭には何が植わっていたか……まったく思い出せなかった。
「外は、ないのでしょうか?」
「はるひの記憶があればどこまでも続くだろう」
クラドの声で出された言葉はどこまでも人の心を顧みない言葉だった。
「わ……私は……どこに、帰ればいいので しょうか 」
コリン=ボサの向こうに見える窓は白くて暗い世界が広がっているだけで、この家はそんな中にポツンとある浮島のようだ。
ここからどこにも行けず、だからと言って誰かが訪れるわけでもない、まるで遭難したような心持でふらりと壁にもたれかかる。
「私は、帰らなくてはならないんです! クラド様やヒロや、兄さん達のところに !」
神に相対しているとは言え姿かたちがクラドだからだろうか? その内面から滲み出る神聖な気配に怖気づかないと言えば嘘になったけれど、それでもしゃんと真っ直ぐ目を見つめることができる。
「私を元の世界へと戻してください」
「元の世界とは?」
クラドの手が手すりをとんとんと柔らかく叩く。
それは暗に「お前が帰るのはこの世界か?」と尋ねられているのだと理解して首を振って返した。
「私の世界はコリン=ボサ神の作られた『神の箱庭』です、私はこの世界で生きています、ここで生きて、ここで死んでいきます」
穏やかな笑みはやはりクラドの作らないものだ。
ともだちにシェアしよう!

