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プロローグ

「これを」 まだ、頭が真っ白だ。 渡された手紙の文字をパッと見て、すぐに彼女の字だと分かった。 「では、失礼します」 黒いスーツを着た男は、無表情のままドアに背を向けた。 僕はもう流れ出して止まらない涙を袖で拭うと手紙を開いた。 手が震えて、折り畳まれた紙を開くのに何度も失敗しながら、やっとの思いで彼女からの手紙を開いた。 【親愛なる泣き虫なロビーへ。 あなたに手紙を書くのは初めて。 しかも、お別れの手紙なんて最悪よね。 これを読んでるって事は、もう私はこの世に居ないって事だもんね。本当にごめんなさい。 私ね、あなたと出会って初めて普通の暮らしが出来たの。 普通の女の子としてデートして喧嘩してお腹いっぱい笑った、、、いつかは結婚して、あなたと可愛いベビーと、、、なんて事まで考えた。 あなたとの時間は本当に最高だった。 ありがとう。 私は子供の頃からずっと死を覚悟して生きて来た。だから、もし私が死んじゃったら伝えようと思ってた。 あなたは、あなたの人生を生きて。 あなたの未来は、幸せに満ちた未来であって欲しい。 これが私の願いよ。 泣かないでロビー。 愛してる。 ダイヤモンドより】 「そんな、、、」 冗談じゃない。 僕は、ダイヤモンドと、、、、ずっと先の未来も一緒に居るつもりだった。 デスクの左上の引き出しの奥にはプロポーズしようと大切にしていた指輪がある。 冗談じゃない。 彼女が死んで、渡されたのは手紙一通だけだ。 天涯孤独なダイヤモンド。 WIAはダイヤモンドの葬儀も無い、遺体の引き渡しも無いと言った。どこに埋葬されるのかも教えて貰えなかった。 それどころか遺品は全部回収された。 僕らの思い出はスマホに残った写真だけ。 冗談じゃない。 誰も彼女の死を悼めないのか?! 「冗談じゃない」 彼女はいつどうやって死んだ? 誰に殺された? 何の為に死んだ? こんな仕打ちが許されるのか? 「冗談じゃない!」 こんなの酷すぎる。 ロビー•ムーアは昔の同僚でワシントン•ポストにも在籍するジャーナリストのジェームズ•タナーに電話をかけた。 「ジェームズ、前にWIAについて情報を掴んだって言ってたよな?」 「ロビー、急にどうした?」 「一生のお願いだ、WIAについて調べてくれないか?どうしても知りたい事があるんだ。危険なのは百も承知だ。 でも君にしか頼めない。お願いだ」 ジェームズほど世界情勢に精通したジャーナリストで、コネも情報屋も持っている男はいない。 「、、、少し時間をくれ。何かわかったら連絡する」 「ああ、助かるよ。頼む」 何故、WIAはダイヤモンドの死を隠す? 彼女の秘密は少しだけ知っている。 だけど彼女は僕を危険に晒すまいと、詳しくは教えなかった。 僕だってジャーナリストの端くれだ。 何かダイヤモンドの死について手掛かりを探さないと。 毎日持ち歩く手帳を探しにデスクに戻ろうとした時、インターフォンが鳴った。 「はい?」 ドアの前で覗き穴から来訪者を確認すると、どこかで見た事のある女が立っていた。 誰だったかな? インド系の40代ぐらいの女だ。上等なスーツを着ている。 「ロビー•ムーアさん?開けてくださる? ダイヤモンド•ファガーソンさんの事でお知らせしたい事があるの」 「帰ってくれ。ダイヤモンドはもう死んだ。話す事は無い」 「殺した男を知ってる」 「何だって?!あんた誰だ?」 「ハリシャ•クマル•ナディール。アメリカの上院議員よ」 ナディール?! 「そろそろ開けてくれないかしら?」 慌ててドアを開ける。確かに見た事がある。 ナディール上院議員だ。 たしか、先進医療会議の講演に取材へ行った時に登壇していた。 ガチャ ドアを開けるとズカズカと中に入りリビングのソファーに座った。 「ああ、お茶はいらないわ。すぐに帰るから」 ロビーが唖然としている間に、ソファーで優雅に足を組むと茶色いA4サイズの封筒をテーブルへ置いた。 「見て構わないけど、きっとショックを受けると思うわ。覚悟して。ダイヤモンドの最後に撮られた写真よ」 ロビーは躊躇いながらも封筒から白黒の写真を引き抜いた。 「そ、そんな、、、」 想像していたよりも何倍もショッキングな写真だ。 涙よりも怒りの震えが止まらない。心臓は爆破しそうだ。 頭に血が昇り顔が真っ赤になった自覚もある。強烈な目眩と、なんだか急に耳が聞こえなくなってしまったように、聴覚もおかしい。 だって、、、 仕方ないだろ。 写真のダイヤモンドは跪き、上を向かされ口から長い剣を突き刺されて死んでいるんだから。  要は串刺しにされ殺されている。 そして、ダイヤモンドの隣には見た事がある男の横顔が映っている。 「ダイヤモンドの隣に映っているのはWIAのエージェント•ワイルドよ」 「知ってます。一度だけですが彼に会いました。彼女がいつも話してくれてました。兄の様に慕っているって」 「残念ね。お悔やみを申し上げるわ。まだお若いのに」 「この写真をどこで?」 「ネタ元は明かせないわよ」 「ダイヤモンドを殺したのは、、、エージェント•ワイルド?」 「まあ、状況から見て。私もエージェント•ワイルドを探してるのよ。だから協力しないかしら? 何か分かったらここに連絡してちょうだい」 ナディール議員は名刺を渡すと部屋を出て行った。 コレがダイヤモンドの最後。 口から串刺しにされ、目を見開いたまま死んだのか。 きっと最後に見た顔はスティーブ•ワイルド。 あの恐怖に引き攣ったダイヤモンドの目は、兄の様に慕っていた男の裏切りを映していたのだろうか。 「ダイヤモンド、、、」 愛してる。心から。 君にこんな酷い仕打ちをした男を僕は絶対に許さない。 絶対に許さない。

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