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第35話

「詳細を教えろ」  部屋の外に居たのはアシュレイだった。ユーリウスは第一声で問いかけると、足を止めることなくジェット機へと向かう。  アシュレイは一瞬だけ、ユーリウスに連れられたアルバラを一瞥した。シャツは裂かれてボタンは飛んでいるし、固い表情をしたアルバラの顔色はずいぶん悪い。その痛々しい姿を見て、アシュレイは思わず目を逸らす。 「数刻前、内乱中の王宮にルーク・グレイルが現れたそうです。連れていたのは組織の人間で、空から攻められたために制圧されるのに時間は掛からなかったと……その後、ルーク・グレイルは国王の元に向かい、現在となります。どのようなことを話し合っているのかはまったく情報が入っていません」 「……チッ。どこまでも邪魔をしてくれる……奴は国取りには興味がないと聞いていたが、認識違いだったか」  ほんの数時間前まで、ユーリウスはルークと個人回線で通信していた。  どれほどアルバラを返せと言っても受け入れられなかったから、おまえの妹を殺した男だと嘘をつくことで手放す選択をさせたのだ。ルークだって今更手放した男を欲しているわけでもないだろう。アルバラの価値を知ったから惜しんで、ということも、無欲なルークが相手だと考えづらい。それにしてはその後に話した時、アルバラがユノを殺したと伝えたにも関わらずルークは頑なな態度を貫いていたが……気になるのはその程度のものだ。結果的に手放したようだし、それは国取りとは全く関係はない。  これまでに国のことに関して首を突っ込んできたこともなかったから油断していたが、今更権力を得ようとしているのだろうか。 「アルバラ、こっちにおいで。アルバラは何も心配しなくていいからね」  ジェット機に乗り込むと、ユーリウスは真っ先にアルバラを隣に座らせた。ルークのことを話していた声音とはまったく違う甘やかなトーンだ。  アルバラはあまり乗り気ではなかったけれど、ここで逆らうのも無駄な気がして大人しく隣に腰掛けた。ユーリウスのねっとりとした視線はすべて無視をして、ボタンが飛んで閉まらないシャツを必死に手でくっつける。 「イレーネ王妃も必ず助け出すから……全部終わったら三人でのんびり暮らそうか」  アルバラは、シャツを握っている手をぎゅうと握り締める。その浮かない顔を、少し離れたところからアシュレイが心配そうに見つめていた。  王宮に着いたのは、それから二十分程度経ってからだった。その間ずっとユーリウスが何かを話していたけれど、アルバラの耳に入っているはずもない。  王宮にジェット機が到着すると、ユーリウスはやはりアルバラをエスコートしてジェット機から降りた。その扱いはまるでお姫様だ。しかしアルバラはそれを気にする余裕もなく、俯いたままでユーリウスに続く。 「ユーリウス殿下、お待ちしておりました」  王宮に入ってすぐ、やってきたのは宰相だった。反乱軍に攻め入られた時点で王宮からは避難していたはずだが、まるで何事もなかったかのような涼しい顔で立っている。 「……私は、この王宮と共に沈むつもりでおりましたので」  ユーリウスの疑問を察したのか、何かを聞かれる前に、宰相は淡々とそんなことを答えた。  王宮内には多くの衛兵が倒れていた。もちろん反乱軍の兵士もいる。血が飛び散って、そこかしこに斬撃の跡や弾痕が残されていた。制圧されるまでは騒がしかったのだろう。今はそれが想像もつかないほどには静まりかえり、不気味なくらいである。 「ルーク・グレイルの目的は?」 「……私の口からは何とも」 「では父はどうなった」 「陛下は存命退位を決断し、早々に王宮を去りました」  あれほど権力にこだわっていた国王が、まさか王宮を去るとは……。  ユーリウスにとってはそれが意外で、一瞬だけ思考が止まる。しかし足は止めることなく、アルバラの腰をしっかりと抱いて宰相について歩いていた。 「このような状況ですから、正式な手順など踏んでいられるわけもなく……」 「分かっている。こんな時にまで面倒くさいことを言うつもりはないよ。……それより、ルーク・グレイルが介入してきた理由を一番に知りたいが」 「それに関しては私にも何が何やら」 「最初から話してくれる?」 「それはどうぞ、ご本人の口から」  とある部屋の前で、宰相はようやく足を止めた。そこは王の間である。とはいえ寝室ではなく、国王専用のサロンのような場所だった。  宰相が扉を開くと、そのまま外で待機する姿勢を見せた。どうやら宰相は入るつもりはないらしい。ユーリウスはそんな宰相を尻目に、アルバラを連れて中に入る。  王の間では、ルークがソファの真ん中でゆったりと座っていた。周囲は黒服で固められて、空気はどこかピリついている。  ルークの目が、入ってきた二人に向けられた。たったそれだけのことで、アルバラの胸は締め付けられる。  一瞬だけ目が合った。アルバラはすぐに俯いてしまったけれど、ルークの目には憎悪はなかったように思う。  やっぱり、アルバラがすぐに離れたからだろうか。ようやく居なくなったかと安堵しているのなら、アルバラと再会してしまえばまたあの目で見られるということか。 (……今度こそ、僕は……)  確実に、ルークの手で殺されるだろう。  アルバラはやっぱり俯いたままで、ルークの正面にユーリウスと並んで腰掛けた。  空気が重たい。ユーリウスの後ろから反乱軍の兵士が数人入ってきたけれど、味方であるはずの彼らが居ても、居心地はずいぶん悪かった。 「単刀直入に聞く。王国軍と反乱軍を制圧した目的は何だ」  ユーリウスの言葉に、ルークはふっと不適な笑みを浮かべる。 「どうしてシャツが開いている?」

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