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第37話

 ルークの目はユーリウスにはなくて、じっくりとアルバラを見つめていた。まさか自分に話を振られるとも思っていなかったから、アルバラは思わず顔をあげる。  そうして、目が合って後悔する。やっぱりルークはアルバラを許していない。普段と変わらないポーカーフェイスの中に、静かな怒りを秘めている。 「……あ、これは……」 「愚問だろう。私とアルバラは将来を誓った。……話をそらすなよ」 「その、首元の鬱陶しいアザはどうした」  ルークは尚もユーリウスを見ることなく、アルバラだけに問いかける。  ——どうしてこんなことを聞かれなければならないのだろうか。  ユーリウスに深くキスをされながら服を剥がされ、股間を擦り付けられて肌をキツく吸われたなんて、こんな場所で言いたいわけがない。  ましてや相手はルークだ。アシュレイに言われるまで自覚はなかったけれど、愛しく思う相手である。  本当は、こんな格好でルークの瞳になんか映りたくなかった。  ユーリウスに腰を抱かれている姿なんて見てほしくなかった。 (僕のことなんか、嫌いなくせに……)  どうしてこんな時ばかり、わざわざ声をかけてくる。  もしかしたらアルバラの気持ちに気付いていて、わざと意地悪をしているのだろうか。だとしたら正解だ。愛しく思う相手に殺されかけただけではなく、違う男に犯されそうになったことを暴かれているなんて、アルバラにとっては一番のダメージになる。 「ルーク・グレイル。私の伴侶は今はいいだろう。貴様の目的を教えろ」 「お話中申し訳ありません、ユーリウス殿下」  緊迫した空気に割って入ったのはアシュレイだった。  一歩前に出ると、アルバラに気遣う瞳を向ける。 「王子の顔色が悪いように思います。お二人は難しい話もあるでしょうし、王子はいったん気分転換に外へ連れ出してもよろしいでしょうか」  そこでようやく、ユーリウスがアルバラを振り返った。  ずっとルークの出方を伺っていたから気付かなかったのだろう。アルバラが真っ青な顔をして俯いている姿に、先ほどの戦意はどこへいったのかと思えるほどには情けない表情を浮かべる。 「アルバラ、どうした。大丈夫かい? ほら、アシュレイと行っておいで。必ず迎えに行くからね」 「……すみません」  アシュレイに支えられるように立ち上がると、アルバラは深く一礼してアシュレイと王の間を後にする。  部屋を出る直前。アシュレイがちらりと振り返った。その目はルークとぶつかって、アシュレイは一度軽く頷く。  静かに扉が閉まると、ルークはつまらなさそうにユーリウスへと視線を戻した。 「国王は存命退位とのことだ。本日をもって、おまえが国王となる」 「……どういうつもりだ。何を企んでいる」 「俺は権力には興味がない。だからおまえにくれてやろう」  やろうと思えば、ルークはそれを手に入れることができたのだろう。しかしあえてそれをせずユーリウスに”譲った”という体なのが、ユーリウスの癪に障る。 「おまえはこの国を好きにしろ。俺の許す範囲でな」 「……はっ、私が国王になるのなら、貴様が今暴言を吐いているのは国家権力だぞ。どうなるかは考えないのか」 「それなら仕方がない」  ルークがそう言うと同時、ルークの周囲に立っていた黒服が一斉に拳銃を取り出してユーリウスの頭に狙いを定めた。それだけではない。ユーリウスの背後にいた反乱軍側の人間だった兵士でさえ、同じようにユーリウスを狙っている。 「おい、何をしている。誰に銃口を向けているか分かってるのか!」  反乱軍の兵士たちに言ってみても、彼らはピクリとも動かない。 「聞いているのか!」 「……そういえばおまえは、うちにスパイを潜り込ませていたな。数年かけてご苦労なことだった」  兵士は誰も動かない。ユーリウスはようやく気付いたのか、すぐにルークを睨みつけた。 「なるほどな。私がそちらに潜入させていた分、貴様もこちらに送り込んでいたということか。……しかし驚いた。貴様は後先考えず、派手に報復するタイプかと思っていたが」 「俺は慎重な男だ。使える隙はいくらでも使う」  余裕な態度は変わらない。ルークは尚もゆったりとくつろいだまま、面白くもなさそうに口元だけで微笑んだ。 「俺は革命家になる気も、王になる気もない。だからおまえを立ててやると言っているんだ。喜べ、美味い蜜だけ吸わせてやる」 「……私を殺そうとしている人間の言い分とは思えないが」 「簡単だろう、ただの脅しだ。死にたくなければ王になればいい」 「目的は何だ」 「アルバラを返せ。それだけだ」  ユーリウスの目が、ゆっくりと見開いていく。 「……は、はは……冗談だろう? ここまでのことをしておいて……」 「そうだな。冗談では出来ないな」 「……ありえない。貴様ともあろう男が、たった一人の人間を奪い返すために……」 「今後一切、アルバラと関わるな。話は以上だ」  言い終わると、ルークはゆるりと立ち上がる。  しかし部屋を出る直前、ユーリウスがルークを呼び止めた。 「……貴様は、あの子を幸せにしてやれるのか」  ユーリウスの言葉は、やけに重たく静寂に落ちた。

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