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前門の虎、後門のシベリアンハスキー①

「えっと……実はこの後、友達と約束してて。  だから駅までは送るけど、そこで解散ね?」  さすがにこんな時間に放置するような真似も出来ず、捻り出した妥協案。  すると彼女は拗ねたように唇を尖らせ、分かりましたとだけ答えた。  ……これまでこういうあざとい系の女子とは無縁の生活を送ってきたから、正直やっぱりこわ過ぎる。  幼なじみで僕の初恋の人、史織はどちらかというと、サバサバした感じの女の子だった。  だから逆に僕は強がりな彼女の事を、守ってあげたいなんて勝手に思っていた。  しかしそこまで考えて、ふと気付いた。  ……史織への想いを、既に過去形で考えている自分に。  長い……。本当に長い、片想いだった。  なのに失恋してからまだ数日しか経っていないというのに、僕の頭の中を占拠するのは、我が儘で傲慢なあの男の事ばかり。  駄目だ。……完全に、毒されてる。 「佐瀬さぁん?聞いてます?」  媚びるような、甘ったるい声。  それにより、現実に引き戻された。 「こんな時間に、待ち合わせって。  ……もしかして相手は、彼女さんとかですか?」  じっと僕の事を見上げる、大きな瞳。  ドキリとしたのは彼女の愛らしい仕草になのか、それとも聞かれたその内容に対してなのか。  正直なところ、自分でもよく分からない。 「彼女では、無いよ。ただの、男友達」  そう答えたのはたぶん、早乙女くんとの関係について考えるのがこわかったからだ。  だけどその言葉に日和さんは満足したのか、にこっと嬉しそうに笑った。  そして、その瞬間。  ……言い訳のように聞こえてしまったその理由を、彼女に良い方に勘違いさせてしまったのに気付いた。

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