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1 紘一視点

 立秋も過ぎ、昼間の気温もTシャツ一枚でちょうどいい気候になると、柳紘一(やなぎこういち)は無性に外へ散歩に行きたくなる。  下宿先のアパートから歩いて五分、緑に囲まれた神社までの道を、ゆっくりと進んでいた。  実家はもっと緑が多かったからか、こういう自然に囲まれていると落ち着く。柔らかい土を踏みながら、少し急な階段を上っていくと途中で視界が広がる場所があった。  坂の下には小さな住宅街、その向こうに田んぼが広がり、秋の高い空が視界の大部分を占める。やはりここが一番好きだな、と少し冷たくなり始めた風を感じながら、紘一は大きく息を吸い込んだ。そして先に進もうと視線を戻した時、目にしたものに紘一の息が一瞬止まる。  数メートル先の階段上に、人が倒れていたのだ。嫌なものを見ちゃったな、と顔を顰め、そっと近づく。何だか良くないことが起こりそうで、紘一の心臓は嫌な予感で高鳴った。  嫌な予感が当たった、と数歩歩いて気付いたのは、その人が赤いもので半身染められていたからだ。顔は見えないが、白いシャツにジーンズを穿いていて、そこから覗く足首は白くて細い。もっと近づくと、わずかに肩が上下していることから、生きていることが分かる。  怪我をしているらしい右腕を押さえ、痛みに耐えているようだ。 「おい、大丈夫か?」  そばに座って顔を見て改めて驚く。自分よりおそらく年下であるだろう彼は、見た瞬間「天使だ」と思わせるほど、整った容姿をしていた。  カフェオレ色の細く、柔らかな髪、白い肌は土で汚れてはいるものの柔らかそうで、長くふさふさしたまつ毛の奥には琥珀色の瞳があった。 (……何だ、これ)  顔を見るとさらに年下かなという印象が強くなる。しかしそれよりも、一度合った視線が外せなくて、紘一は戸惑った。 「……みず……」  小さな口から掠れた声が出てきた。よく見ると痛みのせいなのか、顔色は青白く、唇の色も良くない。  紘一はそこでやっとこの少年を助けることに思い至り、細い体を抱き起した。 「どうしてこんなことに……いや、それより止血して病院だな」 「血はもう、止まってる……から病院はいい。それより、みず……水をください」 「はあ? お前何言ってんだ、この状態で病院はいいって……おい?」  腕の中の少年が、急に意識を手放し始めたのを見て、紘一は慌てる。頬を軽くたたいて声を掛けてみたが反応はなく、ぐったりとしてしまった少年を抱きかかえると、体が熱いことに気が付いた。  普通ならこのまま病院へ連れて行くべきなのだろうが、少年の意思ではないみたいだったので、逡巡したのち下宿先の自分の部屋へと運ぶことにする。

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