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20 紘一視点

和馬は立ち上がると、輝きは彼の背後に集まった。そして、何かの形になったと思ったら、そこに純白の大きな翼が現れる。それと同時に和馬の髪と瞳は完全に金色に変わり、その瞳が再び紘一を捉えた時、呼吸をするのさえ惜しくなってしまう。 (……綺麗だ) 初めて会った時、紘一は和馬を天使みたいだと思った。それが本当に天使だったとは。 そして、先程和馬がレイに言い放った言葉の違和感もここで分かる。彼らは人間ではないのだ。 だから『人間』に手を出すなと。 色素の薄い睫の下には、今までよりもはっきりとした金色の瞳があった。それが多くの者を従わせる長の目だと、唐突に納得したのだ。 「あ……」 紘一が思わず声を上げる。和馬が目を伏せ、顔を背けたからだ。それと同時に和馬の変化は解け、元の姿に戻る。 「この姿は人間にとっては強すぎて、毒なんです。僕にその気がなくても意識を持って行ってしまう。柳さん、深呼吸をしてください」 和馬に言われて初めて、自分が呼吸を忘れていることに気付いた。そして、竜之介が言っていた、この一族が何故美しいのか、本当の意味を知る。それは、人間ではないからこそ、あり得る姿なのだ。 「天使族は風を操る種族で、それぞれ自分の力――風を持っています」 そよそよ、とどこからか温かい風が吹いてきた。とても心地良い、春の陽気を連想させる風だ。 冬なのに、と思う間もなく和馬の風だと直感する。 さて、話を続けましょうか、と和馬は静かに琥珀色の瞳をこちらに向けた。 「まず、竜之介が失礼なことをしました。申し訳ありません」 深々と頭を下げられ、紘一は慌てて両手を振る。巻き込んでしまった、と言っていた時は感情が揺れているように見えたが、今は逆に静かすぎて違和感を持つ。 「いや、無事だったし」 「……」 頭を上げた和馬は目を伏せていた。そのまま黙っているので声を掛けると、和馬はこちらと目を合わせず、再び話し始める。 「ここに来る前に会った男は、礎レイ……天使族四家の一人で、十年前、僕が封印した男です」 紘一は金髪の男を思い出す。そういえば、何度か見かけた時に何故か和馬と似ていると思う時があった。 そういうことか、と合点がいく。無意識のうちに、同じ一族だと見抜いていたらしい。 「ですが、その封印は破られてしまいました。彼は今、力を蓄えては実体化し、女性の生気を奪ってさらに力を得ています」 この辺りで起きている、女性を狙った失踪事件のことです、と和馬は付け加える。 しかし、これだけ分かっていて和馬たちが動かないのは、何か理由があるのだろうか。 「また封印するのは難しいのか? それさえできれば良いような気がするけど」 「……」 和馬はまた黙ってしまった。あまり活発な性格ではないようだし、そのまま話し出すのを待っていると、失礼します、とソファーから立ち上がる。 「何? ちょっと静かにしてて。話に集中できない」 歩きながら話す和馬は、携帯電話で話しているかのように壁際へと歩いて行く。 もちろん手には何も持っていないのだが、便利だな、と紘一は呑気にそんなことを思う。 困った表情でこちらを見た和馬は、申し訳なさそうに戻ってきた。 「すみません。竜之介が心配症で、同席させろとうるさいんです。柳さんにあんなことをしておいてなんですが、いいですか?」 本当に心配性なのか、と紘一は思う。いろいろありすぎてスルーしていたけれど、レイは竜之介のことを和馬のためにしか動かない、と言っていた。言動から和馬への好意というより執着を感じる彼は、紘一のことをかなり警戒しているらしい。 紘一はうなずくと、和馬は無言で再びソファーに座った。すると間もなく、部屋のドアがノックされる。 「和馬、無事でしたか?」 入って来るなり和馬の元へ寄り、顔を見せてくださいと両手で和馬の頬を包む竜之介。 彼と一緒に部屋に入ってきた佑平は、いつも通り無言で側にいる。 「僕のことより、先に言うことがあるだろ?」 竜之介の行動を無表情で受け流した和馬は、竜之介の金色の瞳を見て言った。 その一言に、眼鏡の奥の彼の瞳が鋭く光り、紘一は息を飲む。 「ですが和馬、彼は得体が知れません。仕事中の和馬の姿を見つけ、私の結界をくぐってあそこにいたんですよ?」 「だからこの部屋に招いた。彼が悪いモノかもしくは悪いモノに取りつかれていたら、この部屋は潔癖過ぎて耐えられないはず。違う?」 冷静な和馬の意見が間違っていないのは明らかだった。先程から和馬が無言だったり、妙に静かな顔をしていたりしたのは、竜之介の紘一に対する態度に怒っていたからだと分かる。目を伏せた竜之介はこちらに向き直ると、頭を下げた。 「申し訳ありません。職業柄、あらゆる方向から命を狙われる立場ですので……」 きっと、あらゆる方向というのは、人間以外も含まれているんだろうな、と紘一は思う。 しかし竜之介の態度はあくまでも表面的で、紘一に対する警戒心は解かなかった。それが分かっている和馬もそれ以上何も言わず、ため息ひとつで終わらせる。 「話を戻しましょう。柳さん、レイは危険な男です。僕たちとの関わりを知られてしまった以上、ここから外へ出ることはやめたほうがいい」 「え……?」 ウソだろ、と目線で和馬に訴えるが、彼の琥珀の瞳は静かにこちらを見返すだけで、本気で言っていることが分かる。 「じゃあ吉田は? アイツも和馬と話をしてただろ?」 そもそも今日和馬に近づいた理由は、吉田と和馬が二人きりで会っていたからだ。 「吉田さんについてはあなたが話さない限り、僕と話していたことはバレません。本人には了承を取って、僕と会った記憶を消させていただきました」 そんなこともできるのか、と紘一は驚く。だったら、自分も同じようにすれば良いじゃないかと言ったら、和馬は小さく首を横に振った。 「あなたは気配を殺した仕事中の僕を見ることができた。つまり強い力を持っているということです。レイがそれを見逃すはずがありません」 つまりは狙われるから、目の届くところにいろ、ということだ。 学校もあるのにどうするんだ、とうなだれると、その辺りの心配は無用です、と和馬は言う。 「巻き込んだのは僕の責任です。もちろんご自身で勉強していただかないといけないですが、学校には出席していることにしておきます。その他生活面のサポートもさせていただきますので」 どうかご了承を、と頭を下げた和馬に、文句を言うことなんてできなかった。危険がある以上、大人しくしている他はない。

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