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21 和馬視点

「では、柳さんの部屋を用意しましょう。付いてきてください」 和馬は立ち上がると、紘一を連れて部屋を出た。竜之介たちも、何も言わずに付いて来るが、それは気にしないことにする。 「基本敷地内はどこへ行っても構いませんが、行きたくないと思うところは無理に通らないでくださいね」 「はあ……」 紘一は和馬の言った意味を多分分かっていないのだろう、曖昧な返事が返ってくる。 レイを封印した後、この屋敷には邪気と、それに相反する和馬の気が残されている場所がある。十年経って残り香のようなものになっているけれど、人間にどんな影響があるか分からない。 和馬はある部屋の前に立ち止まると、竜之介はハッとして声を上げる。 「和馬、その部屋は……」 「佑平、柳さんが不自由しないように」 和馬はそれだけ伝えると、すぐに踵を返す。佑平は何とか和馬の言いつけを守るべくその場に留まったが、竜之介は案の定付いて来る。 「いいんですか? あそこは先代の長……あなたのおばあさまの部屋でしょう」 実は客間は他にもあるのだが、あえてあの部屋にしたのは、祖母の残した結界と、和馬の風に近い祖母の風なら、紘一が心地よく使えるはずだと思ったからだ。 「だからだよ。あそこには祖母が命を懸けて張った結界がある。あの中なら安全だ」 そう言うと、竜之介は眉間に皺を寄せた。レイとの戦いの時、和馬を守って死んでいった祖母を思い出したのだろう。 「和馬、何故あの男にそこまでするんですか。今回の事件だって、犠牲者には申し訳ないですけど、仕方がないというスタンスでしょう?」 「……」 気持ち的にはそんなことはないのだが、レイと変則的な『契』を交わしている限り、向かっていっても自滅する恐れがある。和馬はそれが怖いのだ。 すると、視界が揺れた。まさかこんな時に、と立ち止まって眩暈をやり過ごそうとする。 レイが夢の中に侵入してきて以来、これほど大きな動きはなかった。だから誤魔化せたのにどうして、と心の中で呟く。 「和馬?」 急に立ち止まった和馬を訝しがって、竜之介が顔を覗いてくる。目を閉じるといっそうその揺れは激しくなり、思わず胸元のお守りを掴んだ。 「……っ」 しかし今回は隠し通せなかったようだ、ふらついた和馬を支えようとした竜之介と一緒に、派手に転んでしまう。 「和馬!」 竜之介の叫び声がして、背後でもバタバタと音がした。佑平が出てきたのだろう。 (ダメだ) 力を抜かれると、それを埋め合わせるために激しく力を求めてしまう。欲求のままに行動すれば、竜之介も佑平も、紘一さえも殺してしまうだろう。 目を開けると、慌てた様子の竜之介がいた。その距離が近くて、頭の中で誰かが「チャンスだ」と囁く。ガンガンと頭が痛み、全身の力が抜けていく。とうとう自分の腕が体重を支えられなくなり、完全に竜之介に体を預ける形になってしまった。 「佑平、結界を張ってください!」 竜之介の声をどこか遠くで聞きながら、温かい体温に包まれる。それからひやりと涼しい風が吹いた。ハッとして目を開けると、蒼白になった竜之介の顔が見えた。 「竜之介、ダメ……今の僕は……」 「黙っててください」 竜之介は強く言うと、顔を近づけてきた。何をされるのかは分かっていても、体が動かない。 視界の端に紘一の姿を見つけて、ああ、見られてしまうんだな、とぼんやり思った。 柔らかいものが唇に触れる。その瞬間全身を冷たい風が撫で、ぞわっと鳥肌が立った。 「……っ」 濡れた感触が唇を撫でる。何度もそれを繰り返し、和馬の削られた力を口移しで補っていく。 少しずつ、少しずつ足されていく力は、じれったくて、そして甘い。 「和馬、拒否しないで」 息継ぎの時、和馬が遠慮しているのに気付いたのだろう、竜之介はそう囁き、いっそう甘い風を吹き込んでくる。 このまま身をゆだねてしまいたくなるほどの心地よさに、和馬は全身に入っていた力を抜いた。 「竜之介、僕は君を……君たちを死なせたくない」 自分が回復するまでこれを続けたら、竜之介の命が危ない。『契』さえできれば解決するが、レイと繋がっている以上、同時に複数の人と繋がることはできないのだ。 すると、竜之介の手が和馬の頬を包んだ。今まで以上に優しい手に、ドキッとする。 「分かってます。ですがもう少し……」 「ん……」 竜之介の唇が再び触れる。彼の手が少し震えていて、こちらの想像以上に動揺していたようだ。 結局心配しか掛けてなかったのか、と和馬は反省した。 長い口づけが終わると、竜之介は体力を消耗して息が上がっている。申し訳なく思っていると「何て顔をしてるんですか」と笑われた。 いつの間にか紘一と佑平は席を外したらしい、いなくなっている。 「さ、部屋へ運びますよ? 話はそれからです」 竜之介のこの一言で、今度こそ全部話さなければならないな、と和馬は覚悟を決めた。

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