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33 和馬視点

ただ自分の生まれ育った屋敷に戻るだけだというのに、どうしてこんなに緊張するのだろうか。 車の中でも、その緊張は治まるどころかひどくなっていき、屋敷に着いても、和馬はもう帰りたいと思うほど疲れてしまう。 (あ……) そして屋敷に入った途端、春の風が中に流れていることに気付く。 天使族が二人もいながら、溶け込むように混ざったそれは、彼の力がどれだけ柔軟なのか知らされる。それは優しいからこそ、何でも受け入れる彼の性格そのものだ。 「ただの居候は嫌だから、家事をさせてくれとそこらじゅう磨いてた」 和馬の思考を読んだのか、佑平が呟く。それを面白くなさそうに、竜之介は無言で先を歩いて行く。 掃除は、効果は小さくとも、邪気を払う方法の一つだ。彼がそれを知っていて言い出した訳ではなさそうだが、屋敷の邪気が少し減っている。 そして、足を進める度に濃くなっていく若草の香りは、以前にはなかった甘い香りも混ざっていた。これはまずい、と和馬は足を止める。 これ以上進んだら、戻れなくなると思ったのだ。彼の力を貪り、吸い尽くしてこの屋敷に閉じ込めてしまう。それではレイと同じではないか。 「……和馬?」 やっぱり帰る、と言いかけたとき、部屋から出てきた紘一と出くわした。 「おかえり」 にっこり微笑んだ紘一の笑顔に、今考えていたことの疾しさに視線を逸らす。 (どうしよう、心臓が痛い) きっと今の自分は様子がおかしいと思われているだろう。苦しいほど緊張し、まともな言葉すら出てこない。 「……とりあえず、客間に行きませんか」 見かねた竜之介が助け船を出した。佑平が紘一を連れて行き、立ち尽くしたままの和馬は大きく息を吐く。 「かなり『気』を乱されたようですね」 「何なのあの人は。この半年で、さらに力が増してるけど」 竜之介は和馬の質問には答えず、髪を優しく梳いた。それだけで落ち着きを取り戻し、歩き出す。話したくないことに関しては絶対に口を割らない彼なので、追及するのをすぐに諦めた。 (元気そうで良かった) 和馬は単純にそう思う。何せ高い熱が何日も続き、吐き気やめまい、節々の痛みなど相当つらかったはずだ。それが元通り生活できるようになって、ホッとしている。 (もう、柳さんをここにつなぎとめておく理由はない) 大学は、さすがにごまかせず単位を落としたと聞いた。今からでも復学して、今後に響かないように頑張ってほしい。 普通の人間として。 そう思うと胸が痛んだ。この胸の痛みは自分の我儘のせいだ。彼は自分から離れて、同じ人間に囲まれて暮らす方が幸せに決まっている。なのに、そこに行かせたくないと思う自分勝手な心が、和馬の胸を重くするのだ。 和馬は浮かない気分のまま、客間のドアを開けた。

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