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35 和馬視点

和馬は呟く。 「天使族は、本来気性の激しい生き物なんです。レイのように、あなたを監禁して食い尽くすかもしれないですよ?」 「和馬になら本望だ」 クスクス笑う紘一は、和馬が本気で言っているとは思っていないのだろう。少し離れて額を合わせた紘一は、唇をすり合わせながらもう一度言った。 「好きだよ、和馬」 「ん……」 柔らかい唇が自分のものを軽く吸い上げる。優しいキスだったにも関わらず、過剰に反応した和馬は、体をぶるりと震わせた。 その様子を見た紘一が、くすりと笑う。 「敏感」 「ちが、これは……っ」 「レイとの戦いでだいぶ力を削られたんだろ? 始祖も呼び出したし」 紘一の力を過剰に求める原因を当てられて、和馬は言葉に詰まった。紘一から逃げていた、もう一つの理由がこれだったのだ。始祖は和馬の中にいるだけで主の力を削っていき、力が完全に切れたところで表に出てくる。 今までそれを抑えていたのは、祖母からもらった、グリーンアンバーだった。レイを倒した時、石は弾けてしまったから、あれからあの石の加護はない。 和馬は不意に、祖母の言葉を思い出す。 『和馬、これはお守り。けど、大切な人が現れた時には、この石は必要なくなるからね。早く見つけるんだよ』 「……そういうことか」 和馬は途端に理解した。紘一と出会った意味を。 「和馬?」 和馬は紘一を見た。あの石の代わりになるもの、それはこの人だからだ。しかし、誰も選ばないと竜之介たちに言った手前、この人を選ぶことは裏切りにならないだろうか。 優しい目――しばらくその瞳の中の光を見つめて決心する。もう自分に嘘はつけない。竜之介と佑平に謝りながら、和馬は口を開いた。 「柳さん、お願いがあります。僕と、『契』を結んでいただけませんか?」 「ちぎり?」 どこか惚けた顔でおうむ返しにしてくる紘一。和馬は軽くうなずいた。 「以前、僕の力を回復してくれましたよね。あれとは違い、お互いに力を高め合う術のことです。強い心の結びつきで力の器は一つになり、僕も柳さんも強い力を得ることができる」 ただ、と和馬は付け加えた。 「想いが弱ければ失敗します。一度成功しても、簡単に外れてしまうこともあります」 和馬は目を伏せた。彼を無意識に操作しないようにするためと、彼が頭から頬を撫でてきたからだ。 「……分かった。具体的に何をするんだ?」 少し間があってから返事があった。目を開けると、彼は思いのほか強い視線でこちらを見ていて、ドキリとする。 「房中術(ぼうちゅうじゅつ)、と言ったら分かるでしょうか」 「……聞いたことないな。難しいのか?」 和馬は言葉に詰まった。最も通じやすい説明もあるにはあるが、あまりに身も蓋もない表現なので避けたいのだ。 「互いに気を高め、交わることができれば、『契』の半分は成功します。もう半分は、その最中の気の操作を間違えなければ……大切なのは、お互いにリラックスして、精神的な繋がりを楽しむこと……ですかね」 本に書いてあったことをそらんじると、紘一は片手で口元を覆っていた。 目が合うと思い切り逸らされたので、多分誤解なく意味は通じたのだろう。 「要はセックスするってことか?」 やはり直截的な単語を呟いた紘一に、和馬は苦笑する。うなずくと、次には彼の腕の中におさまっていた。今までで一番濃い風が和馬を包み、クラクラする。 「……移動しましょう」 緊張で喉から心臓が出てきそうだった。けれどそれは相手も同じのようで、互いにその心音を聞きながら、しばらくそのまま動けなかった。

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