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36 和馬視点
緊張したまま移動した先は、和馬の部屋でも、紘一の部屋でもなかった。それは和馬も入ったことがない、契りを結ぶための部屋だ。
広い部屋にダブルベッドが一つ、大きめのソファーや落ち着いた色の調度品。ホテルのスイートルームに来たような空間は、生々しいことをするための部屋とはとても思えない。
「良かった。いかにもな部屋だったら、どうしようかと思った」
ソファーに座る紘一はやはり緊張しているらしい。そわそわと落ち着きがない。
「でも、使ってない部屋なのに綺麗だ。掃除はどうしてるんだ?」
「それは風があれば、大抵のことはできますから。お布団は、陽光の風を通せば済みますし」
便利だな、と紘一は笑う。
和馬はカップにお湯を注ぐ。リラックスさせるのに時間をかけても良いように、この部屋の中で生活ができるよう、バスルームや簡易キッチンもあるのだ。
緑茶を淹れたカップを紘一に渡すと、和馬は紘一の隣に座る。
いつかと同じように、紘一はそれだけで身体を緊張させた。自分でも気づいたのか、紘一は苦笑する。
「とてもリラックスできる感じじゃないよな」
「あの、今更ですけど、男の僕に触るのも抵抗あると思うので、無理なら……」
「無理なら、キスだってしないよ。その逆。触って、めちゃくちゃにしたい」
「……っ」
普段穏やかな彼から、そんなセリフを聞かされ和馬は赤面する。肌の色が白い分、それははっきりと相手にも伝わり、紘一を喜ばせてしまった。
「可愛い」
和馬は照れ隠しにお茶を飲む振りをして顔を隠す。しかし、紘一がいつまでも見つめてくるので居心地が悪い。そのまま視線を彷徨わせていると、紘一の下半身の膨らみが目に入り、さらに体が熱くなった。
(うわ、うそ……)
しかもその熱は、伝線したかのように和馬の下腹部に溜まり、形を変えていく。
「和馬……」
不意に手に持ったカップを奪われ、彼の腕の中におさまった。若草の香りに包まれ、ホッとする反面、彼の体温がこんなに近くにあることに、ドキドキする。
「たってる?」
耳元で囁かれた質問は、あえてのものだった。行き場を彷徨っていた両手を彼の背中に回すと、声も出せずにうなずく。
「あの、やっぱりこのままでは……一度、シャワーを浴びさせてもらえませんか?」
天使族にとって男女という概念は曖昧だ。そのため和馬が読んだ『契』に関しての本は、異性同士のやり取りだけが書いてあるわけではなかった。同性同士、特に男性同士では、繋がるのにも準備がいる。
やっとのことでそれだけを言うと、紘一は腕から解放してくれる。
「俺も入る」
「え……わぁ!」
紘一はそう呟き、膝の裏に腕を入れられたと思ったら、そのまま掬われて抱っこされた。
「い、いいいいいです、降ろしてくださいっ」
和馬は声を上げるけれど、紘一は無視して軽々と風呂場へ運んでいく。
「二人とも入るなら、一緒に入った方が良いだろ? というか、俺が余裕ないから一回出した方が良いのかな、と」
笑ってはいるけれど、紘一の気を読み取ると、余裕がないのは本当の様だ。恥ずかしそうに告げる紘一につられて、こちらも心拍数が上がる。
脱衣所に着いて降ろされると、後ろから抱きついてきた紘一は深い息を吐く。
「ごめん、リードしてやれる余裕もなくて」
「いえ……少し落ち着くようにしましょうか?」
和馬は深く息を吸うと、彼の乱れた気を整える。その場しのぎだが、性急な行為にならないようにするにはかなりの効果があるのだ。
すると、彼の甘い風がふわりと漂う。若草の苦みと混ざると、何かに似ているような気がするけども、今はそれを考える余裕はない。
「ありがとう」
紘一は幾分力が抜けたようだ。自分の服を下着一枚だけ残して脱ぐと、視線で和馬も早く
脱げ、と言ってくる。
「手伝おうか?」
からかった顔でそんなことも言われ、和馬は赤面しながら断った。
正面を向いて脱ぐのはさすがに恥ずかしかったので、背中を向けて脱いでいたら予告もなしに触れられる。
素肌を肩から腕まで撫でられ、思わず身体を縮めた。
「うわ……やっぱり肌も綺麗だな」
紘一が呟いた。生活感のない美しさが特徴の天使族にとっては、肌も美しいことは普通のことだ。それに、綺麗という形容詞は竜之介に使った方が正しい気がする。
「自覚ないなぁ……」
思ったことを口にすると、呆れたように呟かれ、タオルを渡された。それを使えと言われて、紘一は先にバスルームへ入って行く。
いよいよだ、と和馬は呼吸を整える。素早く残りの服も脱ぎ、タオルを腰に巻いて紘一の後を追った。
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