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第16話

集合時間に稽古場へ行くと、そこには木村がいた。 役者が思い思いに柔軟体操や発声練習をしている中、木村と月成は険悪な雰囲気で何かを言い合っている。 「どうしてスタッフにも口止めした? 私を騙すつもりだったのか」 「蒲公を追い出したと知ったら、社長は今みたいに怒るじゃないか」 「当たり前だ。主人公は英くんでと、この間光洋も認めたじゃないか。何で今更」 やはり主役の配役のことらしい。英抜きで稽古をやっていたことが、木村の耳に入ったようだ。仲裁に入るべきかと迷っていると、笹井が声を掛けてきた。 「今がチャンスだ。俺からもお願いしに行く」 「……ありがとう」 英は笹井と二人で彼らのもとへ行き、頭を下げる。 「英を仲間に入れてください。お願いします」 「お願いします」 すると、他のキャストもスタッフも、周りに集まってきて頭を下げた。英はそれにびっくりして、「ありがとうございます」とみんなにお礼を言う。やはり小井出と取り巻きは端の方でこちらを睨んでいるが、圧倒的多数なので怖くはない。 「……私が、今までで人選を間違えたことはあったかな?」 木村は少し落ち着きを取り戻して月成に問いかけると、月成は小井出を見やる。 「お前は?」 「……」 小井出は、不機嫌そうにそっぽを向いた。それを見た月成はため息をつく。 「じゃ、俺は降りる」 「え……?」 みんなが何か言うより早く、月成は稽古場を出て行った。英は慌ててその後を追いかける。 「ちょっと監督!」 足の長い月成は、廊下をすたすたと歩いていくが、止まる気配がない。英は小走りでその後を追いかけ、懸命に声を掛ける。 「待ってください! 何でそうなるんですか!?」 英は月成の考えていることが少しも分からなかった。それは初めからそうだ、この人は、何を考えているのか読ませないところがある。 「監督!」 英は思い切って月成の腕を掴んだ。意外にも素直に、月成は足を止めて振り返る。 「お願いします、戻ってください。みんなも待ってます」 「後はスタッフが何とかしてくれんだろ」 「それでは月成作品の意味がない。お願いします」 英は月成の腕を掴んだ手に力を込めた。 見上げた位置にある月成の瞳は、まっすぐ英を見つめているが、その眼差しの温度は低い。 「前にも言ったように、誰一人欠けてもあの作品は完成しない。……お願いします、オレが気に入らないのは分かりますが、チャンスをください。オレ、監督に憧れてこの業界入って……オレ、オレ……」 何故か目頭が熱くなった。どう言ったら月成は心を動かしてくれるだろう、何て説得すれば良いんだろうと考えているうちに、混乱してきてしまったのだ。 「今は監督の作品にしか出たくありません。今のオレには監督が必要なんです。演技も監督が望むレベルより遥かに下かもしれませんが……とにかく、監督じゃなきゃ意味がないんですっ」 言っていることは自分も理解できていなかったが、熱意を伝えるのに必死だった。その間も動くことがなかった月成の表情は、はっきり言って怖くて足がすくむ。 ダメ押しで、もう一度頭を下げようと思った時だった。 「放せ」 短く言われた一言に、英は彼の腕を掴んだままだったことに気付いて放す。 月成は、長い息を吐いて髪を掻き上げた。そして舌打ちをする。 「……雑草が。覚悟はできてんだろうな」 忌々しげに英を見た月成は、腕を組んだ。 「はい! 監督の作品が好きなんです。それに出られるなら、努力は惜しみません」 「じゃ、交換条件だ」 その後出された条件に、英はやはり月成作品に出るには、そう簡単ではないのだ、と思い知った。

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