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2-11■I look forward to working with you
やっと退院したので今日からまたよろしくお願いします。
と至極真面目に頭を下げたら技術課の主任に爆笑された。
「うはははははッ、くっ、ふは! おま、マキセ、本当に満身創痍じゃないか……ッ! いやぁ、全治三か月とか聞いたから人並に心配はしていたんだが思いのほか! 重傷だなおまえギブス似合わないなァ!」
「いや笑ってもいいっすけどね、なんつーかね、一応オレってば他部署の部下なんでもうちょい優しめに接してくださいよウルトさんのそういうとこよくねーと思いますよ……」
「優しいだろう十分に」
今後マエヤマさんがなんかとんでもねえミスしても、ぜってえに笑うのはやめようと心に誓う。知り合いの大爆笑は、結構どころかかなり心にダイレクトに刺さって悲しいどころの騒ぎじゃないということを学んだ。
ひとしきり笑ったウルトさんこと、技術課主任ウルマトリクシィは、どっかりと椅子に背を預けると優雅に足を組み替える。見た目だけなら性別不明な美人だっつーのに、ウルトさんはまじのまじで発言と思考回路が残念だ。
COVER越しに散々小言をぶちまけていたものの、ウルトさんは一度も病院に顔を出さなかった。別に見舞いに来てほしいわけじゃねえし、いいんだけどさ。マエヤマさんがちまちま顔出していたから避けてただけかもしれない。ウルトさんは昔っから、オレの敬愛する先輩のことが苦手らしい。
「しかしアレだな、自己形成型AIというやつは人間の精神をボロボロにしてしまうんだな。今回の件はそっちの研究者や製造元にも飛び火しているそうじゃないか」
オレが復帰に必要な書類を受け取っていると、ウルトさんは顎を指で叩きながら目を細める。
「あー……セキハラヒヨリのAIPALの話っすか?」
「警察の話をこっそり流してもらっているが、なんでもセキハラヒヨリは本当にあのフルアバターにつっこんであるだけのPALを、自分の妻だと信じているそうだよ」
FIT INTOによる集団自殺、および籠城事件は半分程度が未遂に終わり、半分程度は実際に被害者が出てしまった、らしい。
この世からの離脱、新しい世界への転生。まあ、死んだあとの生活に夢を見んのは勝手だけど、自分の思想のために他人巻き込んでせーので死ぬのはさすがに迷惑すぎるって話だ。
しかもその首謀者であるセキハラヒヨリは、FITへの転生など信じていない。
セキハラヒヨリがFIT INTOで多くの人間、特に多くのデザイナーズチルドレンを自殺に導いた理由は、シンプルに過労のせいだった。
もうしんどい。仕事がしんどい。働いても働いても、患者はどんどん増える。本来は普通の人間よりも能力値が高いはずのデザイナーズ。けれど無茶な遺伝子操作や単純な失敗で、彼らはむしろ普通の人間よりも劣ることもある。
美津杜メディカルセンターは、デザイナーズチルドレンの遺伝子操作会社と提携していた。だからなのか偶然なのか、あの療養棟にはやたらと多くのデザイナーズが入院していたらしい。
仕事が終わらない。ならば、患者を殺せばいい。そうだ、自殺してもらおう。そうれば、ほかの医者も看護師も介護士も、みんな楽になる。幸せになる。デザイナーズなんて本来生まれるべき人間ではないのだから。
そう提案してきたのは、セキハラナツだとヒヨリは供述している。
勿論このセキハラナツって奴はただのAIだ。妻が死んだことが辛くて、自分のPALにAI突っ込んで妻のふりをさせていたセキハラヒヨリは、徐々に自分の嘘が見えなくなっちまったらしい。
病院で管理していた寝たきり患者用のフルアバター(セキュリティガード以外にも、どうしてもって理由があればフルアバターを持つことは可能だ)を、勝手に自分用に奪って設定して、ついにセキハラナツはかりそめの実態を手に入れたってわけだ。
架空の家族がさもそこにいるように嘘をつく。この行為は、一番人間を狂わせる、ってどっかで見た気がする。本当はいない恋人、本当はいない配偶者、ペット、子供。そういうものを頭の中に作っていると狂う速度が半端ないんだそうだ。
……あー、そういうもんかも。つか自己形成型AIっつっても、自我が勝手に生えてくるわけじゃない。質問形式の消去法で学習して、だんだんとご主人さまの望む答えを口にするようになる。
AIに自我はない。自我があるっぽい返答を選ぶことができるってだけだ。
「結局後追い自殺もぽつぽつ出ちまいましたからね……まー、でっけーニュースの後は大体他人のせいにしてノリで死んじまう奴はいますからしゃーないんでしょうけど。……FITはつぶれてよかったっすわ。あれコードもほぼCOVERだったからマジ本社から切れられんぞって結構本気でハラハラしてたんで」
「利益の為ならチキンレースくらい余裕で走る馬鹿も多いからなぁ。未来なんてものが確実にあるかもわからない世界で、倫理観を貫くのは結構難しいスキルが必要なのさ。何といっても世の中は馬鹿ばかりだ」
「厳しいっすねぇ相変わらず。その厳しさ馬鹿だけじゃなくてオレにも適用すんのやめてほしいっすわ」
「いやマキセに対しては十分すぎるほど優しいだろう! これ以上の優しさを求めるというのならさっさと警備課に見切りをつけて技術課に鞍替えすることだよ。技術課はいつでもマキセヨンドを歓迎している!」
「毎回断んの面倒くせえからウルトさんに会うときはオレのアバターの顔面に『技術課勧誘お断り』って書いときますわ」
「ふふん。何度断られてもまるで懲りないのが私だ。しかしさっさと技術課に転属しておけばよかった! と思うことになるやもしれないぞ~何せ今年のタマゴたちは優秀だ」
「タマゴ……あー。新人募集? っすか? え、あんなん毎年ニートみてえな奴しか応募してこねえじゃん……」
セキュリティガードの仕事は割合過酷だ。そのうえ専門的な知識がガッツリ必要で、かつ警察のお手伝い的なことができる権限まであるので試験やら免許やら更新手続きやらとにかく面倒くせえ。
いうて国家資格だとかそういうもんでもない。セキュリティガードに応募する際に必要なのは高卒証明だけで、『みんなでCOVERの安全を守ろう!』みたいなポスターにはニコニコした笑顔で『誰でも大歓迎!』とか書いてある感じだ。察してほしい。要するに物好きしか頑張れないし、続かないし、万年人員不足だし、軽い気持ちの実家手伝いとかが応募してきては教育カリキュラム過程でボロボロ脱落していく、って感じの奴なわけだ。
そういや来年度の教育カリキュラムの募集、そろそろだけどさ。どうせ今回もろくなのいねーんだろうがよ……あの教育カリキュラム毎回マエヤマさんが一か月くらい担当すっからオレも巻き込まれてすげえ面倒くせんだよな。教育とか講習なんてもの、オレには一切向いていない。今年はぜひスノっちと二人でやってほしいもんだぜ。――と、未来の憂鬱に先取りため息をかましていた時、廊下の方からなんかすげー聞き覚えのある声がした。
「だからそこは声帯認証でサインを、って書いてあるだろう! おまえその書類ダメにするの二度目だぞ!?」
「……声帯とか電子サインとか暗号コードとかばらっばらでわけわかんねーんだよ……クロフネだって二枚目じゃん」
「アタシは声帯認証中に犬の声が先に入っちゃっただけっす~~~取り消ししてもらうの、マジで恥ずかしい……」
「だからウチでやったらいい、と言ったんだ」
「ソラコんち、おじさんがすげーメシ食わせてくるから嫌だ……」
「わかるっす……おいしいしいい人なんすけど、引くほど夕飯出してきますよね……」
「…………カシマシトリオじゃんかよ」
知ってる声は、もちろん知ってる女子たちだった。思わず声をかけると、びっくり! みてえな顔した三人はぴたっと足を止めて各々表情を作る。
シノウラソラコはすげえ嫌そうな顔(ソラコはオレ個人のことは人間として認めているそうだがとにかくSHARKを毛嫌いしているらしいうはは)。
ノマクロフネは緊張したような顔(先に同じく嫌いとかじゃなくて憧れの4℃様にどういう面さらしていいかわかんねーそうだ)。
そしてバンドウギンカは、嬉しそうな顔を無理やり真顔にしたようなくっそ可愛い顔だ(まじでかわいいかよ。ほかに言うことが見当たらないわ)。
「え、何してんのこんなとこで。聴取はとっくの昔に終わってんだろ? スノっちかマエヤマさんに用事?」
「……ってわけじゃなくて、あー……」
「なんだギンカ、言ってなかったのか? ソラコさんはすっかり伝わっているものと思っていたぞあんなに毎日見舞いに行ってたのに……」
「毎日じゃねえし! 三日のうち二日くらいだし!」
「ほぼ毎日っすよ~でもアタシも勿論相談したのかなぁって思ってました。言ってなかったのねギンカちゃん」
「だ、だって、タイミング、ない……っ」
はー、まあそうね、ギンカたんいつも病室でめっちゃ緊張しながらリンゴ剥いてたもんね。大事な話を切り出すタイミングなんかなかっただろう。
そんで察するにどうやらカシマシイ子たちの大事な話ってやつは、胸の前に三人ともがぎゅっと抱えているウチのカリキュラムファイルに関係しているんだろうよ。
「うっそ。……セキュリティガード入んの? 三人とも?」
オレのびっくり全開の問いかけに、三人は三者三様の表情のまま頷いた。
えー……マジで? マジか。
ていうか本人たちは置いといて、マエヤマさんかスノっちは教えてくれよ。いやマエヤマさんは置いといてもスノっちは教えてくれよ!
この用事が終わったら通話連打してやる。一緒に課長にしこたま怒られた仲でしょうよって話だ。教えてほしい。心構えをさせてほしい。だってさぁ、こんなん――にやにやしちまうでしょうよ。
オレは一通り三人の事情を知っている。本人たちが目の前で喋ってたり、勝手にセキュリティガードの権限を使って調べたり、まあ情報源はいろいろだ。
社会性が皆無だとして、高校卒表すら待ったをかけられ引きこもって生きてきたシノウラソラコ。
普通の家庭で普通に育つことができなくて、かといってスーパーアイドルたちの生活にもなじめずに心を病んだノマクロフネ。
植物状態の両親と動けない親友の隣でずっと膝を抱えていたバンドウギンカ。
こいつらがまっとうに友達なんてもんに収まってるだけでも結構来るもんがあるってのに、セキュリティガードを目指すとか熱い展開すぎてもうだめだ。
「入る、つもりだけど、まずは教育カリキュラムに入るのに簡単な試験があるっていうから……それを突破しないと……」
「ギンカはその前に申込書を正確に書くことからだぞ」
「うるさい。次は間違えない。スノにききながらやる」
「スノハラくんは奥の手すぎっすよ~……でも、うん、書き損じるよりいっかぁ」
「クロフネはギンカに甘くないか? ソラコさんも甘やかしてもらっていいんだぞ?」
「えー十分甘いっすよぅ。じゃあソラコちゃん、パフェおごってあげます! だから試験勉強教えてください!」
「パフェか。パフェがかかっているならば仕方ないな、やるしかないな! よしギンカお前も一緒に……あー、鮫と一緒に帰るか?」
「え、あたしも試験勉強するよ。でもちょっと先行ってて」
ニコニコした女子二人を先に行かせって、ギンカたんはオレの服の端を掴む。ちょっとこっちにこいっていうしぐさなんだろうが、うっかりにやにやしてしまってウルトさんの冷めた目線を後頭部に感じた。んー、オレいつもマエヤマさんに同じ視線送ってるわ。今度からほほえましく眺めるように努力しよう、うん。
「どったのギンカたん。あ、オレも試験勉強に混ぜてくれんの? やりてえやりてえ懐かしい」
「いや混ざってくんな。そうじゃなくて、あの、えっと……ずっと言おう、と思ってたんだけど。あたし、ちゃんと告白してねーじゃん、って気が付いたんだ」
「うん。うん? え?」
「だから、えーと、もうバレバレだと思うけど……その、好き、です、ええと……もしあたしが試験に受かって、勉強ちゃんとクリアして、セキュリティガードにちゃんとなれたら、つ、つつつきあってもらえませんか……っ」
「んっ」
……ストレートすぎて無理。なに、かわいい。無理。
こんな真剣に告られたことないんですけど。てかオレがいいとかほんと正気か。いやでも正気じゃないんなら正気に戻ってほしくねーな、うん。……とち狂ったまま、オレのことを好きでいてほしい。そう思うから、格好つけるセリフとか大人っぽい何かとか一応考えたけど全部どうでもよくなって、ふは、と笑ってでこにちゅーした。……いやこれ後で怒られるな? 署内だしな? まー……うん、いっか。いいわ。怒られんの、慣れてるし。
「…………ひ、ッ!?」
「ビビり方が対ゾンビじゃんよ……」
「急に……っ、そういうの、っあーーーー!」
「嫌だった?」
「うれしい!」
「即答かんわいーわね。……じゃ、もうちょいイチャイチャできるようにさ、入試頑張れ。そんでギンカたんが晴れてセキュリティガードに就任したらさァ、オレのになって」
「…………っ、お、おんなじこと言ってるのに、なんでなんか痒いの……?」
「いやー今のは今後なんかあるたびに弄られる最強のくせえ素材になっちまったんじゃねえかって心配よ……本心だけど」
「ヒィッ」
「ギンカたん手つなぐたびにそれいうの? かわいいな?」
自由に動く右手でぎゅーっとギンカたんの手を握ると、耳まで真っ赤になったアバターで睨んできたうははかわいい。いいか、オレ今日かわいいしか言わねえからな?
「これから勉強だっつーからまあ離したるよ。あ、でも暇ンなったらいつでもウチ来ていいから」
「……まだ付き合って、ない、よね?」
「付き合ってないでーす。けどイワシの梅煮の約束があんので仕方なくね? ギンカたんはオレにイワシの梅煮作んなきゃじゃん? じゃあお部屋にお招きしてもよくね?」
「…………うん、仕方ない、うん……イワシの梅煮、作んなきゃだし」
「うはは。はー……もっかいチューしたら怒られっかなぁ……」
「さっきスノから警告入ったよ」
「うっそこっわ……じゃあやめとくわ。スーパーセコムスノっちに怒られんのはこえーもんよ」
笑って手を振って、じゃあねと走る姿を見送る。きっちりその姿が見えなくなってからオレは、セキュリティガードの冷たい壁にもたれかかってずるずると崩れ落ちた。
「……かっわいー……」
アレ、オレの彼女候補らしいぜ。うっそぉ。犯罪じゃんマキセヨンド。八つ下だぜマキセヨンド。……でもあのかわいい子、オレ以外の奴といちゃついてんのはやだわと思うから、息吸って腹を決める。
他人の生活背負いこむ覚悟は結構きつい。面倒くせーなとか、やりたくねーなって思ったことは、結構最後まで後回しにするクソ野郎タイプだって自覚はある。
けど、仕方ない。ちゃんと腹くくって気合いれねえと、スーパーセコムとうるっせー取り巻きガールズがぜってーうるさいって知ってるからさ。
「…………いやうるせーよスノっち。PAL、拒否しといて拒否。次は何だよマエヤマさん? メシ? いやいかねえっすよく見ろギブスだぞ。つかオレメシ作ってもらう先約あるんで今晩はスノっちといちゃついててどうぞ。PAL、全部拒否だ拒否。オレァまだ療養中なんだっつの」
「マキセェー」
「……オレ大人気かよ」
技術課からひょっこり顔をだしたウルトさんは、にやにやしながら自分の足を叩く。――ウルトさんの両脚は、義足だ。
「おまえさっきのシノウラにまた会うかー? 会ったらアレだ、伝えてくれ。『十二歳のきみが発明した技術、私は今でも買う準備がある』」
「じっぶんで言ってくださいよ!」
「それがなぜだか避けられている。義足仲間なんだから仲良くしようと付け足しておいてくれじゃあな。あ、ノマクロフネの方は早くも夜間警備課が目をつけてるぞ。警備課が確保したいなら手をまわしておかないとかっさらわれるかもなァ」
悪役のように高笑いを残して、ウルトさんは颯爽と歩いて消えた。
なんか、あー……忙しくなりそうな予感だ。
でも暇よかマシでしょ、と思うことにする。未来のことなんか考えても鬱になるだけだ。明日食いたいもんのことだけ考えていればいい。
PALの通信拒否をなぜか掻いくぐってきたスノっちの通知を完全に無視しながら、オレはよいしょーと歩き出した。
イワシの梅煮の後は、何をリクエストしようか。なんかめっちゃ時間かかる料理にしよう。そんな大人らしからぬ小賢しい事を考えた。
/UNDER COVER GARDEN 2 終
→UNDER COVER GARDEN 2.5同人誌で頒布中です(2023.10.16)
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