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第1話
手の中に年季の入ったスリングショットがある。
小さい頃パパが使ってた飛び道具。柄の部分には字が彫られている。
『From pigeon to robin』。
ハトからコマドリへ。
目の前に翳すと木の棒が日を遮って、逆光がY字を浮き彫りにする。肌身離さず持ち歩いてる大好きなパパからのプレゼント。
狙撃手になる前、パパは手作りのスリンショットで猛特訓したんだって。それこそ手のひらの豆が潰れて固くなる位。自分の小さく柔い手を見下ろし、まだまだだなって痛感する。
びよんびよんとゴムを引っ張っては放ち、暇を潰す。
「遅いな、パパたち」
スニーカーの靴裏で地面を蹴り、反動でブランコを後ろに持ってく。視界が弧を描いて上下し、青空を背景にたたずむ教会と孤児院が近付いては遠のく。
「お茶会してるのかなー」
スリングショットのゴムを弾きながら呟けば、孤児院の窓に偶然顔が映り込む。
ボーイッシュな赤毛のショートヘアとアッシュグレイの瞳、シャツとズボンの質素な上下にデニム地のオーバーオールを着たおてんば娘がそこにいた。
ツンと上を向いた鼻や大きな口がコンプレックスだけど、正直者のパパが大きくなったら美人さんになるよって褒めてくれるから信じることにした。
ていうか、ぱっと見どっちかわかんない。口が悪い子にはおとこおんなって呼ばれる。無理ないか、まだ胸もでてないし。寸胴だし。もうちょっと大人っぽくなればデリカシーの出涸らしもないスワローに小便くさいメスガキ呼ばわりされずにすむのかなあ。
今日はパパたちの付き合いでボトムの教会にきた。
パパは賞金首を捕まえてもらった報酬の何割かをお世話になった教会に寄付してる。昔ここでお世話になったお返しだって。
私もうんとちっちゃい頃は教会にいたんだけど、残念ながら覚えてない。でも神父さまは優しいから大好き!パパとおんなじ匂いがするからかな、安心していい人の匂い。
「やった、ストレイ・スワローゲット!」
声がした方を向けば孤児院の中庭で男の子たちが遊んでいた。ひとりが木の枝を掲げて自慢し、もうひとりが地団駄踏む。
「ずるいぞケビン、俺が狙ってたのにインチキしたな!」
「言いがかりよせよ、くじ引きで決めたんだから納得しろよな!お前はリトル・ピジョン・バード役、後ろでぽこぽこへなちょこ豆鉄砲撒いてろよ」
「やだ、俺もストレイ・スワローがいい!」
アンデッドエンドの子どもたちの間じゃ今も昔も賞金稼ぎごっこが大流行り。それはそうよ、ここは賞金稼ぎのパラダイスだもん。
中でもストレイ・スワロー・バードはアンデッドエンド一の賞金稼ぎと評判で、誰も彼もが無敵だの最強だのと褒めそやす。
買いかぶりすぎよね、実際は女たらしで朝帰り上等のサイテー男なのに。
リトル・ピジョン・バードはその相棒で実の兄、ストレイ・スワロー・バードの後塵を拝する引き立て役として認知されている。
狙撃の実力と比べて不当に評価が低いのはなんで?全然まったく納得できない、渡る世間は節穴ぞろいね。
ロープを握ってうんざりする私の視線の先じゃ、くじ引きの結果に不満な男の子が暴れている。
「ださくてどんくさいハトはいやだ、ツバメがいい!」
それに対してストレイ・スワロー役に決まった男の子がナイフに見立てた小枝を振り回す。
「くじで決まったんだからルール守れよ、ストレイ・スワロー・バードは俺、お前はツバメのフンのリトル・ピジョン・バード!」
まるでお話にならない。本物はあんな隙だらけの大振りじゃないし。
足元に落ちてたくるみを拾い、スリングショットに番えて限界まで引き絞る。ぎゃんぎゃん騒ぎ立てる悪ガキどもの片方、おでこの真ん中に狙いすましてゴムを離せば、一直線にくるみの弾丸がとんでいく。
「あいだっ!?」
「いだっ!?」
「よし!」
見事命中、男の子の額に当たったくるみが向かいの子の額にはねる。思わずガッツポーズをする私の方へ二人が駆け寄ってきた。
「なんだよお前、文句あんのか!」
「大ありよ。黙って聞いてりゃさっきから失礼しちゃうわ、アンデッドエンド一の狙撃手リトル・ピジョン・バードのどこが不満なのよ」
ブランコから飛び下りて仁王立ち、怒りに任せて啖呵を切る。私の剣幕に男の子たちが気圧されるのを逃がさず、胸に指を突き付けて捲し立てる。
「あんたちたちのようなお子様にはリトル・ピジョン・バードのすごさがわかんないのね、狙撃手は正確無比な技術と忍耐力を要求される専門職なんだから!リトル・ピジョン・バードがいなかったらヤング・スワロー・バードは実力の十分の一、ううん百分の一も発揮できないの!ピジョン・バードがいなけりゃスワロー・バードなんかナイフぶん回すしか能がない死にたがり野郎よ、そこんとこ忘れないでよね!」
すっかりドン引きの悪ガキどもに喝を入れて満足すれば、むこうから足音が近付いてきた。
「待たせてごめんロビン、みんなと遊んでたの?」
「パパ!」
愛嬌満点の笑顔で振り向きざま走り出す。
孤児院の方から歩いてきたのは擦り切れたモッズコートを羽織った男の人。
見た目は三十前後、特別なお祝いの日に飲むシャンパンみたいなピンクゴールドの金髪と気弱そうな赤錆の瞳が印象的だけど顔立ち自体に特徴はない。
革のライフルケースを背負った男の人の隣には、炭酸の強いジンジャエールに似た金髪のワルがいる。
瞳の色は共通でもこっちはすこぶる付きの色男、野性味あふれるウルフカットが華やかな風貌を引き立てる美形だ。見た目は二十代後半、赤いスタジャンとダメージジーンズを合わせた若作りなファッションがよく似合っている。
「ストレイ・スワロー・バード!」
「おまけのリトル・ピジョン・バード!」
ピンクゴールドの男の人……パパに飛び付く私をよそに、悪ガキどもが歓声を上げる。次の瞬間拳骨が落ちた、スワローが怒ったのだ。
「ヤング・スワロー・バードに訂正しな。人様を指さした挙句呼び捨てたァ躾がなってねえぞ」
「おいスワロー、子どもに手を上げるな。他愛ないごっこ遊びで悪気はなかったんだ」
「チクられっかもってびびってんの?おまけ扱いされたんだから腹立てろよ」
度が過ぎたお人好しなパパが悪ガキどもをかばい、スワローが鼻白む。
スワローは超意地悪で失礼な奴だけど、今回は大いに同意。世界で一番大好きなパパをバカにされたんだから私には怒る権利がある、きっとスワローにも。
私の名前はロビン・スパロー・バード。
リトル・ピジョン・バードとヤング・スワロー・バードの娘。
「この手癖の悪さとオラ付いた物腰、やっぱり本物だ!」
「ナイフに名前付けてるってホント?レオナルド見せてさわらせて!」
スリングショットと拳骨にもへこれたれない悪ガキどもが第一線の賞金稼ぎを目の当たりにして感激、スワローに纏わり付いておねだりする。
「寄るな散れ鬱陶しい」
「邪険にせず握手くらいしてやったら?減るもんじゃなし」
「指紋はすり減んだろ」
ぬるい笑顔でスワローと子どもたちのやりとりを見守るパパを、待ちくたびれて腹ぺこの私が急かす。
「早くうち帰ろ」
「じゃあ先行ってるからな、ゆっくり来いよ」
「待てよ!」
前の通りに出たところで悪ガキどもを巻いたスワローが追い付き、スタジャンのポッケに両手を突っ込んで横に並ぶ。
パパとスワローに挟まれて帰り道を歩く。私は真ん中でパパと手を繋ぐ。ボトムは人さらいが多くて危険だから自然とこの並びがお約束になった。
「神父さまと何話したの?」
「色々。仕事の話とかね」
「ふーん。こっそり私に教えてくれる気ない?」
「こっそりの定義が意味不明だね」
「ちぇっ」
「舌打ちはお行儀悪い」
「ずるい、スワローは注意しないの?」
「俺は俺だからいいんだよ」
スワローがドヤ顔で開き直る。何それ?むくれ顔で脛を蹴り付けようとしたら鮮やかに躱された、完璧読まれてる。パパが話を替える。
「ロビンは何してた?」
「スリングショットびょんびょんしながら待ってた」
「石とか人に向けて撃たなかった?」
「撃ってないもん!」
くるみはセーフよね?パパは「ならよかった」と笑って流す。ほんとちょろい。続いてスワローに向き直って眉を吊り上げる。
「いい加減大人になれよ、アンデッドエンド一の賞金稼ぎが子どもに呼び捨てにされた位で拳固で応酬って……額にたんこぶできてたじゃないか、可哀想に」
「んな強く殴ってねーよ、ちょっぴり小突いただけ」
「じゃあなんで膨らむんだよ」
「知るか、頭蓋骨が柔なんだろ」
「お前の手加減は信用できない」
ごめんスワロー、心の中で舌を出し謝っておく。
私はオーバーオールのポケットに突っ込んだスリングショットの存在を意識する。みんなパパのすごさを知らないけど、私だけは知ってる。
「にしてもスリングショットびょんびょんしながら待ってたなんて、俺の子どもの頃思い出すなあ」
「似たもの親子よね私たち」
目を細めて郷愁に浸るパパに相槌を打てば、仲間にまぜて欲しがりなスワローが横槍を入れてきた。
「アレ楽しいの?」
「ゴムの長さとか伸縮性調整してたんだよ、ただ遊んでたわけじゃない」
「さいですか」
「私も改造して命中率上げたんだよ、見てこのY字の交差部分45度に削ったの、飛距離が10メートルのびたんだから!」
「研究熱心で向上心旺盛なのがロビンの美点だね」
「削りすぎてYがVになっちまうぞ」
「|勝利《ヴィクトリー》のVだから問題なし」
スリングショットを翳して浮かれる私の頭をパパがくしゃりとなでる。もっと褒めていいんだよ?
勝ち誇った流し目でスワローを挑発すれば、案の定捕まえようとしてきたんで素早く躱す。空振りに次ぐ舌打ち。
「ちょこまかすばしっこくなりやがって」
パパの後ろに回り込んであかんべーをする。スワローをおちょくるのは面白い、精神年齢低いから毎回本気で怒ってくれる。
年相応の落ち着きがなさすぎてコイツがアンデッドエンド一の賞金稼ぎなんて悪い冗談じゃない?と不思議になる。バンチのランキングって顔で選んでるの?それとも賄賂?
バラック小屋が寄り集まるボトムの猥雑な街並みを抜け、トラムの駅が見えてきた頃合いでおもむろに切り出す。
「ねえパパ、そろそろスナイパーライフルの撃ち方教えてくれる?」
パパが一瞬固まった。ここぞと畳みかける。
「わたしもう十歳だよ、スリングショットはマスターしたしステップアップしていい頃じゃない?パパ約束してくれたよね、時期が来たら教えてくれるって」
「えーとそれは……」
本当はずっと物足りなかった。
スリングショットじゃ賞金首を仕留められない、やんちゃ坊主を懲らしめるのが関の山。
「コーラの空き瓶は全部落とせるようになったよ。毎日屋上で練習してるの知ってるでしょ」
パパから受け継いだスリングショットが子供だましだなんて思いたくないけど、これで現実にできることは子どもだましの域を出ない。
しどろもどろ閉口するパパに食い下がれば、スワローに後ろ襟を引っ掴まれた。
「ガキが思い上がんな」
「ガキじゃないもん!」
片手でぶらさげられた姿勢から首だけねじって喚く。スワローの口端が皮肉っぽく持ち上がる。
「胸もねーくびれがねー毛も生えてねー寝小便たれのガキだろ」
「おいスワロー女の子になんてこというんだ!」
「おねしょなんて五歳で卒業したし腋毛ならすぐ生えるもん!」
「ヘアはヘアでもアンダーの話」
「|お口チャック《アンタッチャブル》で」
スワローがやれやれと首を振って私を落とす。目には疑念と懸念の色。
「マジでコイツにライフル持たせる気?死人がでるぞ」
「ロビンにはまだ早いんじゃないかな?スナイパーライフルって結構嵩張るし反動来るし、もうちょっと骨格できあがってからじゃないと厳しいよ」
「…………うん、わかった」
不承不承頷いて納得したふりをする。するとパパはいい子だと褒める代わりにキュッと手を握り直してくれた。
優しいパパは大好き。
トラムに揺られてしばらくするとダウンタウンの駅に着いた。
三人で足を向けたのは近所のスーパーマーケット、ここができる前はデリカッセンが建ってたんだって。スワローに惚れてた店員さんがいたみたい。
スーパーマーケットは綺麗で明るい消費者の天国。磨き抜かれた光沢の床やカラフルな商品がぎっしり犇めく棚、滑らかに交差するカートを眺めてると心が弾む。
陳列棚中央の通路でカートを押すパパの前を私とスワローが行ったり来たり競うように缶詰やシリアルやパスタやチョコバーを放り込んでいく。
「ロビン、お菓子は戻しなさい」
「えーじゃあこっちのは?賞金首トレカ最新版」
クマさんグミを棚に戻して違うのをとれば、パパがうんざりため息を吐く。
「昨日買ったろ」
「スワローだって買ってんじゃん」
小箱をお手玉するスワローをぶすくれて指させば、パパが途端に血相変える。
「そーゆーのは子どもが見てないところで買えよ!」
「出たよ潔癖。ロビンだって夢見るねんねじゃいられねーんだからよ」
「内緒話しないでよ、バナナのイラスト描いてあるけどガムか何か?」
パッケージには半分ほど皮が剥けたバナナが笑顔で親指立てる擬人化イラストが刷られてた。
「形状と味は似てっかな」
「洗面所の戸棚に入ってるよね?冷蔵庫と間違えてない?あ、でも常温で販売されてるのか。ストロベリー・ピーチ・グレープ・パイナップル、フレーバーがたっくさん」
「コンプめざしてんだ」
「おいしいの?」
「おしゃぶりしたら?」
「スワロー!」
パパの顔は真っ赤。スワローは反省の素振りもなく小箱を振ってカートに放り込む。私は小躍りするような足取りで冷凍ケースの扉を開く。
「アイスクリームはオーケー?」
「あのね……」
頭痛をこらえるようにこめかみに人さし指をあてるパパに必殺、潤んだ瞳でお願いする。
「映画見ながらみんなで食べるの。だめ?」
先に睨めっこに折れたのはパパ。1ガロンアイスを抱っこしてテコでも動かない私を見下ろし、へにゃりと笑ってお許しをだす。
「わかった。いいよ」
「やったー!バニラとチョコのハーフ&ハーフにするね」
なんだかんだ私に甘いとこ大好き。
パパが少しでも安い牛乳を買おうと真剣極まりない主婦の顔で品定めしている間、片足でカートを蹴立てて軽快に滑る。
「危ないからやめて」
「スワローしか轢かないから大丈夫」
「俺が大丈夫じゃねえ」
レジの列が刷けて私たちの番がきた。会計を終えた後、パパが店員さんの背後の棚に積まれた箱を一瞥して注文する。
「30-06スプリングフィールド弾をカートンで」
「あいよ」
痺れる……。
こなれた手付きで紙袋を受け取るパパを見上げ、胸の内で「30-06スプリングフィールド弾をカートンで」と繰り返す。
「はいスワローの分。たまご入ってるから落っことさないでね」
煙草を万引きしようとしてたスワローに一袋押し付け、一番軽いのを持てばすごく嫌な顔をされた。拒めばパパに告げ口されるから従うしかないもんね。してやったりとほくそ笑み、スワローから没収した煙草を爪先立って棚に戻す。
デスパレードエデンに帰り着く頃には日が暮れていた。
一番乗りでエントランスに駆け込めばミンクのコートにストッキングとハイヒール、ハンドバッグでばっちり着飾った大家さんと鉢合わせる。
「ただいま大家さん」
「おかえりなさいロビンちゃん。小鳩ちゃんたちとおでかけ?」
「うん、教会行ってきたの!大家さんはこれから出勤?」
「バイトの子が居着かなくてビデオショップ経営も大変なのよ~」
「がんばってね」
艶めかしい姿態で投げキッスをとばす大家さんに手を振りエレベーターに乗り込む。開け放たれたドアの向こうじゃ紙袋で手が塞がったパパが大家さんに捕まっていた。というかお尻を揉まれていた。
「最近ご無沙汰じゃない、元気でやってる?また前みたいに直接お家賃届けにきてくれてもいいのよ」
「それはロビンが喜んでやってくれるので。俺たち女の子の服に疎いから何買えばいいかわかんなくて、大家さんがコーディネートしてくれるの助かります」
「ロビンちゃんのアドバイザーはやぶさかじゃないけどね、わかるでしょ言いたい事」
「お金には困ってないんで。なあスワロー」
「今んとこはな」
「ノンノン女の子はなにかと物入りなの、お嫁に出す時のこと考えたら貯金は多いにこしたことない。でっかい教会貸し切って最低十回お色直ししてブライダルカーで空き缶ガラガラ言わせたいでしょ?ゲイポルノは気持ちいい思いして稼げる最高の副業よ、大物賞金稼ぎヤング・スワロー・バードと実の兄にして相棒リトル・ピジョン・バード禁断の絡みと来ればヒット確実がっぽがぽ!」
「今年で29なんで。フレッシュでもピュアでもないんで。なあスワロー」
「俺は現役でイケっけど兄貴はヤベェな、特に腰」
「熟成肉には熟成肉の旨味が凝縮されてるわ」
パパが右に左に顔を背けるのに合わせ音速で回り込む大家さん、互いに一歩も譲らない丁々発止の攻防戦。
「セクシーにダーティーに、熟れて爛れた三十路の色気をフィルムに焼き付けようとは思わないわけ?」
「思いません」
「パパーおいてっちゃうよー」
「じゃあこれで失礼します」
ボタンに指をかけて呼べばパパとスワローがあせって駆け込んできた。ギリギリセーフ。ベルの音をたて扉が閉まり、壁にもたれてずり落ちたパパが感謝する。
「ありがと」
「どういたしまして。スワローもお礼言って」
「蹴りだすぞ」
「途中下車する?地獄に」
おんぼろエレベーターががたぴし軋みながら上昇していく、今にも墜落しそうなこのスリルがたまんない。
ベルの音と同時に扉がスライド、部屋の前に猛ダッシュ。足踏みして待機。スワローとパパが並んでやってきて、私の頭越しに鍵をねじこむ。
「ただいまー」
「おかえり」
誰もいない室内に声をかけると背後でパパがこたえてくれた。キッチンに直行して手を洗い夕飯の支度をする。
「今日はなあに?」
「ミートソースパスタ」
「また?飽きたぜ」
「文句言うならお前がやれ。お湯沸かしてくれる?」
「うん」
ダイニングテーブルに行儀悪く片足をのっけたスワローがぼやき、肩を竦めたパパが器用に声色を変えて頼んできた。私は寸胴鍋にたっぷり水を注いでコンロにかける。パパが腕まくりして封を破き、乾燥パスタをお鍋に丸くばらして入れる。
「ふふーんふーん」
「ふふふーんふーん」
料理中のハミングはパパの癖。私も足拍子に伴い体を揺する。寸胴鍋から濛々と立ち上る湯気がパパを煽り、額に汗が結ぶ。パパが頑張ってる後ろで堂々サボってるスワローが癪で、調理台に手をかけ振り向きざま釘をさす。
「スワローも働いて。ミートソース缶開ける位はできるでしょ」
力を込めて缶切りをパスする。「もっと言ってやって」とパパが囁く。
スワローはこっちを見もせずキャッチし、気乗りしない様子で缶切りの先端を眺めてた。かと思えばスタジャンからナイフを抜き、鋭利な刃を缶の縁に噛ませる。
「レオナルドは禁止」
パパが背中でダメ出しをする。エスパー?
スワローは下唇を突き出し、キコキコと地味に缶切りを動かして蓋を開ける。
「ほい」
「サンキュ」
スワローが垂直に落とした缶をパパが後ろ手で受け止め、寸胴鍋にあけて芯の通った麺とあえる。パスタ用の木製フォークでよくかきまぜてミートソースと絡めれば食欲そそる匂いが蒸気に乗じて鼻腔に抜けていく。
以心伝心阿吽の呼吸、絶妙の連係プレイ。仕方ないから拍手で褒めてあげた。
「上手に開けられたねスワロー!缶切りと和解できて偉い!」
「殺すぞ」
「なんで!?」
「完成、スワローは足おろしてロビンはテーブル拭いて」
理不尽な返しに拳を握って地団駄踏んでたら、背後からおいしそうな湯気が押し寄せ、パパが平皿に盛ったパスタを運んできた。口の中に湧く唾を嚥下し、大急ぎでテーブルを拭いて指定席にちょこんと座る。
私が上座で向かって右手がパパ、左手がスワロー。ここでもやっぱり二人に挟まれる形になる、真ん中が私の指定席。
パパが椅子を引いて腰掛けスワローが渋々足を下ろす。両手を組んで目を瞑るパパをまねし、慎ましく顔を俯ける。
「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事を頂きます。ここに用意されたものを祝福し私たちの心と体を支える糧として下さい。わたしたちの主、イエス・キリストによって。アーメン」
「アーメン」
下品な咀嚼音に片方だけ薄目を開けたらスワローが毎度の如くフライングしてた。フォークにパスタを巻き付けガツガツむさぼる姿にあきれ返る。手をほどいたパパが朗らかに告げる。
「おかわりたくさんあるからね」
私はロビン・スパロー・バード。賞金稼ぎの娘。
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