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第9話 C-01 和磨×Nao ③
キーッと入り口方向から音がして三人同時に扉を見る。そこから恐る恐る顔を出した男。
「すいません。店もう閉店……」
扉から一番近くにいた爽が客だと思い腰を屈めて近付いて言った。
「あっ、いや!客って言うか……あの、客なんですけど……その」
男はキャップをギリギリ目が見えるか見えないかまで被り、何故かグレーのロンTとジーパンは湿っている。
「……あっ。や、やっぱり、大丈夫です」
「いや!ちょっとあの!」
コツコツと木の床を歩く音が近づいて半開きのドアをグイッと開けた。ほぼ同じ目の高さの男と爽は同時に視線を上げて横を見ると紘巳の顔。
『どうぞ。お待ちしてましたよ』
「へっ?」
気が抜けた声を漏らしキャップの隙間から男の顔を覗き込んだ爽。
そもそもこの店の客層は9割が女性で男性客は大抵限られている。彼女へのプレゼントを買いに来た紳士風な男か、娘に連れられて来た家庭的なダンディなパパと言ったところだ。
それなのにTシャツにジーパンにリュックを背負った20代前半の男が閉店後に来るなんて……アレしかない。爽はあの部屋の再開を聞いたのがつい最近の事なのにまさかそんなにすぐ。
キョロキョロしながら店内や三人の顔を見てゆっくりと店内に入った。
「リュックは預からせてもらいます」
軽く会釈し声をかけた典登に警戒心を強める。
「えっ、な、何でですか!?」
「念の為です。大丈夫ですよ、帰りにちゃんとお返しますから」
お得意の王子様スマイルをすると緊張感が解 れたのか"わかりました"と落ち着いた顔で肩から下ろしリュックを預けた。ゲストも大切な客の一人、丁寧に対応するのが決まりだ。
紘巳の後ろに歩幅小さく付いて行く男を見ながら、いざゲストを目の前にすると気持ちが昂 った爽も掌にじんわり汗が滲む。一年ぶりに入るあの部屋もさる事ながら初めてゲストを迎える側への興奮に呼吸を正す。
「ほら爽、どうしたの?行くよ」
「あっ、はい」
売り場を抜けて奥のドアを開け、廊下を歩くと左右に二つ部屋があった。左にオイルなどの保管室、右は三人が普段使用するスタッフルーム。
そして更に歩みを進めると突き当たる部屋。
"26"と記されたゴールドのプレートがドアの中央でゲストを待ち構えているかのようにきらりと輝く。
数メートル歩いただけで突然全く違う場所にタイムスリップしてしまったような異様な雰囲気に包まれた。
先頭を歩いていた紘巳がドアの前でピタッと止まり振り返った。レバータンブラー錠のキーを鍵穴に指す。なかなか見ない古いドアやアンティークの南京錠に使われる鍵で、よく見ればドア自体も傷んでいて時間の経過を物語っている。
『26番ルームへようこそ。今からあなたはゲストとなりました』
重い扉が開く。意外にも室内はシンプルで、黒いソファと木製のビューローにテーブルのみ。壁にある棚には本が数冊と古いフォトアルバムそして書類の様な物が少しあるだけ。
窓はなくスタンドライトが二つ灯っている。売り場のような明るさも香りもなく、ローマ数字の古い時計も動かず止まっているようだ。
物珍しそうに室内の一つ一つを見ているゲスト。
『前のオーナーがアンティーク家具が好きで集めていたのでそのままなんです。まぁソファにどうぞ』
ゲストと向かい合わせに座る紘巳。爽と典登は立ったまま少し離れて二人の様子をじっと見つめている。
『名前と年齢と職業を伺っても?』
「えっと、岩咲和磨 ……24歳。職業は、映像制作会社で……ADしてます」
コクコクと頷きながら聞いてるだけでメモ取ったり身分証を確認する素振りはない。
「……あの……本当に大丈夫でしょうか?まさか自分が選ばれると思ってなかったので……」
『心配ないです。ここに来る人はみんなそう言いますし、こんな非現実的な事信じろって言われても誰でもそう思うでしょう』
「……彼は本当に僕を好きになってくれるんでしょうか?」
『そうです。希望通り相手はあなたを好きになります。7日間だけ。まぁいわゆる催眠状態にかかってると思ってもらえればいいですかね』
「7日間過ぎたら……?」
『忘れます。あなたも彼もこの7日間の記憶はすべて、何もなかった事になります』
頭の中を整理するかの様に俯き考え込むゲスト。脳裏には彼の顔が浮かんできたのか、膝に置いた手に力が入る。
「わかりました。それで大丈夫です」
『それで対象の相手って言うのは?』
「えっと……ちょっと待って下さい」
ポケットからスマホを取り出して素早く操作すると画面を横にし紘巳に向けて再生した。
"あっ…ああんっ!"スマホから女の喘ぎ声と裸の男女の動画が流れる。
「ちょっと!あんた!」
爽が止めようと近づこうとするが典登に阻止された。
「あのー…相手はこの男性です。AV男優やってるNaoって言います」
『彼とは知り合いですか?』
「はい。……あの、映像制作の仕事ってAV……なんです。いわゆる男優とスタッフの仲って言うか、時々現場で会う感じで」
『なるほど。彼と密室で二人きりなる事は可能ですか?』
「あっ、それは何とか大丈夫と思います」
その言葉を聞いてやっと少し口角を上げた紘巳はテーブルに何やら書かれた紙とペンを置いてゲストに差し出した。
『それなら今回の依頼を引き受けましょう』
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