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第10話 C-01 和磨×Nao ④

 置かれた紙を手に取って顔に近づけた。  「規約……?」  『えぇ。いわゆるルールですよ。難しい事は書いていません』  ボソボソと口を動かして10秒ほどで読み終えた。大抵こう言った規約文なんてモノは聞きなれない言葉や読めない漢字が羅列(られつ)してあるものだが至ってシンプルだった。  1、口外しない 1、未来を変えない  1、私利私欲は禁止  「これだけです……か?」 三行で終わった規約文は逆に謎めいていて怖くなる。不安な時こそ多様な情報が欲しくなるものだがそんなものはまるでない。  「あと……最後のはどうゆう意味ですか?」  『これは相手が望んでいない事をしないと言う事です。例えば相手が求めていないのに無理矢理に身体の関係を持とうとしたり、自分勝手な行動は控えてと言う意味ですね』  『言ってみればオイルの効果は両思いになるという世の中に溢れている当たり前の事に過ぎません。7日間の間に相手と何をしどう過ごすかはゲストの自由ですから、限られた時間を有意義に使えるかはゲスト次第です』  『それと、行動は監視させて頂きます。』  「えっ!?監視……ですか?」  『安心して下さい。GPSを肌身離さず身につけ てどこにいるかを把握するだけです。カメラや盗聴器などありません』  横からテーブルに正方形の5センチ程の小さなケースをゲストの前に差し出した典登が言った。  「7日間これを24時間付けて下さい」  開けるとお世辞にも高価とは思えない普通なシルバーの指輪が一つ入っていた。 (つま)んでケースから取り出すと一周見回し、穴があくほど見つめるゲスト。内側を見ると"26"と刻印してあるのに気付く。  「……これがGPS?」    『はい。承諾して頂けるならここにサインを』 三行だけの紙は余白だらけ。右下の方へボールペンを走らる手は少し震えてなんとか名前を書いた。  『ありがとうございます。ではオイルをご用意します。お待ち下さい』 そう言ってすっと立ち上がり部屋の端の仕切られた小さな小部屋に消えて行った。 調香はいつも一人で行い、他は誰も立ち入れない。サイン済みと紙とボールペンを預かって典登もその場を離れた。  心配そうに仕切られた方をただ見ているゲストに親近感を覚える。一年前の自分を見てるようで咄嗟(とっさ)に言葉が出た。  「大丈夫っすよ。俺も最初はあんたと同じように半信半疑で此処へ来たけど、この部屋は本物だった。あんたの願いも叶いますよ」  「……あなたもここのゲストだったんですか?」 頷いて笑顔を返した爽にゲストもやっと少し安心感を得られた。  10分して小部屋から出て来た紘巳。手に小さな遮光瓶を持っているが、違うのは普段見慣れない真っ黒で光の加減で七色に映る瓶。売り場に並ぶ茶色の瓶とは何か違うと直感で分かった。  特別な瓶なのか(わず)かな香りも漏れさえ漂ってこない。この小さな瓶の中にそんな秘められた魔法が本当にあるのかと不思議でならない。瓶から目が離せずにいるゲスト。  それから使用方法の説明を始めた。何度も理解するまでゲストも質問をする。部屋に入ってから一時間少し経過しただろうか。無駄な会話はなく締めくくりのセリフ。  『話は以上です。報酬は最終日取りに行きます。それではゲストのお幸せとご健闘をお祈りします。それではよい7日間を』  典登と爽に案内され来た廊下を戻る。 歩きながらくるっと振り返ると26番ルームの鍵は再び施錠されゲストへ頭を下げて見送る紘巳の姿。暗い洞穴から光の差す地上に数日ぶりに出た冒険家ような解放感があった。  爽が入口ドアを開けるとリュックを渡され右肩だけで背負って外へ出たゲスト。  「……とりあえず何とか頑張ってみます」  「はい。7日間の間、何があれば連絡下さい。あっ、もし来店する場合は物陰に隠れないで堂々と来て下さいね」  「あっ!バレてましたよね……すいません」  「ではお気をつけて。来店ありがとうございました」  昼間の客と変わらない二人の45度のおじきをドアが締まるまで見ていた。店を出て歩きだし10歩進んで背中でお店の明かりが消えたのを確認した。  「不思議なお店だな」  7日間過ぎればこのお店や26番ルーム、そして三人の存在すら記憶から消える。 与えられた二度とないチャンス。あとは自分で道を切り開くだけだと、肩にかけたリュックを前に持ち直してバッグの中の瓶を抱くように家路を急いだ。

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