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第26話 C-01 和磨×Nao ⑳
定時って何?の業界に働いて二年。テレビ業界で働きたい。まずはADからだと低レベルな知恵で上京し、気付いたらこの業界にいた。
何度辞めようと思った事だろう。特に取り柄もない僕が他に出来る事もないし、最低限の給料は確保出来ている事で居座っていた。
「岩咲まだ終わらない?手伝おっか?」
先輩が背後から優しく声をかけてくれた。
「いや、もうすぐ終わるんで大丈夫です。ありがとうございます」
「そっ。じゃぁ先に帰るわ、お疲れ」
デスクに顔をつけてスマホを開いた。何となく一人になりたかった。時刻は8時半、彼と離れて10時間程経った。仕事中も彼がどうしてるか気になったが何故かメッセージ一つ送れずにいた。
叱られてないか、契約の話はどうなったか。
そしてまだ僕の事を好きでいるのか――
「はぁ、、今日はもう帰ろ、、」
誰もいない暗い部屋に帰宅し、テレビをつけてコンビニ弁当をレンジに入れた。温め終わるのを待ちながら周りを見回す。
部屋は彼が来たあの日のまま、プレイヤーの中にはマッチングボーイズのDVDが入っていて、お皿が流しに重なっていて、彼の着たパジャマが洗濯してないまま残っていた。
彼と名残を感じてふと彼の声が聴きたいとスマホを握りしめた。時計を見るときっと家に帰ってる頃だろうと番号を押す。
呼び出し音を聞きながらくるくるとレンジの中で回るお弁当を見つめた。なかなか電話に出ないがしつこく鳴らし続ける。気付いたら温め過ぎたお弁当が膨れ上がっていた。
「あっ、やばッ、!」
電話はそのまま通話が切れて黒い画面に戻った。
こんな時でも腹は減る。いつものポジションに座り、熱すぎるご飯を冷ましながらいつもの一人の夕食タイムを過ごした。
冷えたベッドに数日ぶりに一人。充電コードを付けたまま枕のすぐ近くにスマホを置いた。いつ彼からの折り返しの電話が来てもいいように。
だが結局この日彼の声を聞く事はなかった。
なんだか物足りない。そうだ、でもこれが僕の日常なんだったな。
翌日は月イチの企画会議で朝から会議室にスタッフ全員が集まっていた。この会議に参加出来る様になったのもここ数ヶ月前から。売り上げなどを発表して、今後リリースする作品や内容、女優や男優のキャスティングを決める。
部屋の一番端っこで特に意見を言う事もない地位の僕は座って資料に目を通して黙って聞いていた。
「それじゃ11月の撮影予定の把握とスケジュールから」
サクサクと進行していく。昨夜はあまり寝付けず目が覚めてはスマホの履歴を見る動作を繰り返していた。
「新しくシリーズ化する作品のキャストを決めようと思うが意見ある人?」
「やっぱりNaoくんですかね?売り上げやダウンロードの数字も安定して好調ですし」
会議で彼の名前が出ない日はない。いくつもの作品に出演し結果も残して、雑誌に取り上げられたり人気や注目度を踏まえても誰も文句はない。
「うーん、Naoは無理だろう」
しかしきっぱりといい捨てられた。意外な言葉に全員が上司の顔を見た。
「えっ、どうしてですか?」
「NaoはA'zoneとの契約の意思を示したそうだ。だからNaoは今後うちの作品には出られない」
まさかのその言葉に驚く者もいれば、納得した顔で頷く者もいる。僕はどちらでもなくただ放心状態だった。噂程度ではなく確信した言い方に誰も反論する事もない。
「そうなんですか。それじゃ別の誰かに」
会議は続き別の男優の名前が飛び交い決定されていく。僕は何も考えられず一枚一枚紙を捲る手も重く感じて、深い海に潜ったように意見を交わす声が遠くこもって聞こえる。
昨日も今日も音信不通なのはそうゆう理由からなのか。考えれば考えるほど深い海に沈んでいくようだった。
「それでは今日の会議はここまで」
僕は一番に会議室を出るとデスクに戻り、鞄からスマホを出してトイレに駆け込んだ。もちろん彼に電話する為。本人から口から聞くまでは信じない、信じられない。
焦って上手く操作出来ずにイライラする。
そして2回……3回と頭で呼び出し音の数を数えながら走って乱れた呼吸を整えた。
「……もしもし」
個室の壁に保たれてやっと繋がった彼の声を聞くと自然に呼吸はピタッと止まり、僕の身体を落ち着かせた。
「もしもし、、和磨だけど今大丈夫?」
「………うん」
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