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第27話 C-01 和磨×Nao ㉑
「えっと……元気だっ、、た?」
「昨日の朝会ったじゃん」
「あー、そうだよね……昨日ぶりだった。今何してる、、?」
「和磨と電話」
「そうゆう事じゃなくて、、!」
何だか出会った頃のまだぎこちない関係に戻ったように核心につけないまま遠回しな会話する。
聞こえてくる彼の声はいつもと変わらなくて僕だけ動揺している。
「今は家だよ」
「そう、、」
「何か言いたいことあるんじゃないの?……何となく察しはつくけど」
「うん、、今日職場で聞いたんだ。A'zoneとの契約の話」
「何だ思ったより噂が広まるの早かったな。和磨には自分の口から伝えたかったんだけどね」
彼から"それは間違い"の言葉が出るのを何処かで期待していた。きっと上司が僕への嫌がらせを言ってたんだ、、それならどれだけよかったか。
「もしもし聞いてる?」
「……それはもう、、決定なの?」
「明日契約しにA'zoneに行く」
「、、ヤダよ……そんなの……何で」
掠れた蚊の鳴くような声で彼に再確認してみたが意思は固いようで躊躇せず即答された。
「もうさ和磨と一緒に仕事するの辛いんだ……」
立つ気力も無くなってストンとしゃがみ込んだ。耳からスマホを離して顔を膝で支えた。廊下からドタドタと足音が聞こえてトイレのドアが開く。
「岩咲ー!いる?」
先輩が僕を探す声がトイレ中に響いてやっと僕は顔を上げた。
「……呼ばれてるみたいだけど」
彼にも先輩の声が届いてるようで離したスマホから聞こえる声。
「うん、、仕事中だから行かなきゃ」
「……………またね」
小さくそう彼は言って通話が途切れた。"また"なんて日はあるのかわからずに。
「何してんだよ〜明日のロケハンと道具準備早く始めないとまた終電コースだぞ!って……大丈夫か、何か顔色悪いけど」
「あっ、いやすいません。別に大丈夫です、行きましょう」
きっとこの世の終わりのような酷い顔をしていただろう。
葬式のように静かな車内は後ろに乗せた機材がガタガタと物音を立てるだけ。運転席の先輩がチラチラと時折り目線を僕に向けながら車を走らす。いつもと違うオーラに勘づいてお喋りな先輩もこの時ばかりは冗談の一つも言ってこない。
「先輩危ないですよ、、前見て下さい。何ですか?僕の顔、、何付いてます?」
「あーいや、わかりやすく落ち込んでるなって」
「えっ?」
「そんなにNaoくんのA'zone行きがショックだった?」
「いや別にショックなんか。ただちょっと驚いただけで、、まぁけど僕には関係ないですし」
精一杯の強がりを振り撒いてみたが先輩は一枚も二枚も上手 だった。
「そう。いや何か二人結構よく喋って仲良かったみたいだし、あの温泉のお土産はNaoくんと選んでくれたのかな?」
「はっ!?何でですか!?」
「貰ったお土産の紙袋の中にコンビニのレシートがあって、おにぎりとか飲み物とかあとは煙草購入してた。確かNaoくんが一度うちの会社の飲み会に参加した時の銘柄がそれだったなって」
迂闊 だった、貰ったレシートをすぐその辺に入れてしまう癖。東京へ戻る列車に乗り込む直前コンビニで彼の煙草も一緒に買ったんだ。
「あーいや、、えっと……この事黙っていてもらえますか?」
「どーしよっかな〜って嘘、嘘!誰にも言わないよ。まぁこれが女優なら大問題だけどな」
ニヤッと笑って前を向いて運転を続ける先輩。
僕の彼への気持ちに気づいてるかはわからない。優しい先輩の事だから、口にはしないだけで大筋 、何かあったかは理解してるだろう。
到着し車を降りて手荷物いっぱい抱えてスタジオに入る。ADの大事な業務の一つロケハン。撮影前の現場の下見だ。明日の撮影は学園モノで机、椅子、黒板まで本物の学校の教室と思うくらい忠実に再現されたスタジオ。
「岩咲はここ初めてだっけ?」
「はい。初めてですね、、先輩は?」
「俺は二度目かな。学園モノでは結構御用達のスタジオだから」
周りを見渡すと何だか少し見覚えのあるセットだなと感じながら明日の台本を手にセットの位置や動線の確認、持ってきた道具などを置き作業の手を進めていく。
「あっなんかさコレは業界の都市伝説なんだけど、このスタジオで撮影した女優は売れるって知ってた?」
「何ですか?それ」
「本当らしいよ。有名女優は大体一度はここで制服着たって話」
「ふーん、、」
「それでNaoくんが初めてうちの作品に出たのは高校生役でこのスタジオだったよ」
「えっそうなんですか?」
そう言えばうちの作品で彼がブレザーの制服着て出演した唯一の学園モノがある。僕はまだこの会社に入る前で知らなかったけどDVDで見たのが記憶に残っていたんだ。
「都市伝説信じてなかったけどNaoくんの活躍見るとあながち間違いじゃないんだな」
「……A'zoneに専属契約ですもんね。まぁけど夢が叶って良かったんじゃないですか。フリーでいるより楽だし」
悲しみも通り越して、もうどうにでもなれと投げやりになった僕は吐き捨てるように言った。急に態度が変わった僕に先輩は持っていた台本を置いた。
「岩咲、Naoくんの夢が有名になってお金を稼ぐ事と思ってんの?」
「えっ、まぁそりゃ誰だってそうじゃないですか?」
「そりゃA'zoneに行けば、数こなさなくても安定した給料貰えて待遇面もいいかもしれない。けどその分自由はなくなる。苦手な女優との絡みや内容だってやらなきゃいけない。決して専属になる事がベストなわけじゃないんだよ」
「じゃ、、何で契約を?」
「Naoくん高校生の時に親が離婚して、それが原因で母親も鬱で精神的に病んで働けなくなったんだって。それでNaoくん高校中退して働き始めたらしい。知ってた?」
「あっ、いえ……そこまでは」
知らなかった。星の見えないラブホテルの窓から言ってた高校辞めたって話……そうゆう経緯があったからなんだ。
「Naoくん妹と弟もいて自分が一家の大黒柱として家族を守っていくって決めたんだって」
僕だけしか知らないと思ってた、Naoじゃなくて尚翔の過去の話を先輩から聞くなんて何だか負けた気がして少し悔しかった。
と同時に何でも知ってるつもりで調子に乗っていた自分に腹が立つ。僕が思っている以上に彼は強くて硬派だった。
「それでAVの世界に?」
「そう。やっぱり学歴もなくてまだ17歳そこらで稼げる仕事なんてなかなかないしな。そこで自ら応募したらしい。あーゆうルックスだしみんなに好かれるキャラクターしてるし、そのまま採用されて満を辞して18歳になってから男優デビュー!ってね」
「18歳から、、凄い……何だか自分の18の頃と違い過ぎてなんか恥ずかしいです」
「A'zoneに入れば時間もお金も余裕ができて家族と過ごす時間も出来る。遠い場所からわざわざ通ってるのもそうゆう事なんだって。ちなみにこれも飲み会でNaoくん本人から聞いた話ね」
苦労してここまで辿り着いた彼に僕はどんな言葉をかけてあげるべきだろうか。
"おめでとう"と拍手を送り"A'zoneのNaoをこれから応援してる、頑張って"と言えば美しい別れになるんだろう。
彼がそう望むなら従うしかない、僕にもう彼を止める権利もないから。
「……そうなんですか、わかりました。やっぱり凄い子なんですね!あっ、ちょっと余計な話してる場合じゃないですよ!時間!」
「あぁ、そうだった!急いでやろう」
そしてオイルの効果は24時間を切った。
きっとこのままタイムリミットが過ぎて何も無かった7日前に戻るんだろう。あのオイルもあの店もあの人達も尚翔も知らない7日前に――
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