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目の前でキャッキャウフフと酔っ払っているアキに頭が痛くなった。
(コイツ、こんなに酒弱かったか?)
……弱かったな。梅酒は一杯、カシオレは三杯で完全に酔っ払うヤツだった。
それにしても今夜は酷い。フラれたときは大体酷いが、今夜はピカイチで酷かった。店で酒をこぼすわ、言うこと聞かねぇわ、しまいには抱きついてきて「僕、この匂い大好き」とか言いやがるわ、なんなのコイツ。
「せっかく手ぇ離してやったってのに」
「ミーツーヤー、シャンプーどれー?」
「ちょい待ってろ、俺も入るから!」
ったく、目の前で素っ裸になりやがって、どうなっても知らねえからな。そもそも俺が最初の男だってこと、忘れてねぇか?
大きなため息をついてから風呂場に入ったら、全身泡まみれのアキがいた。
「……子どもか」
「ぶっはー! これ超いい匂い~。泡、すっげぇ!」
「姉貴に殺されても知らねぇぞ」
アキが持っているのは姉貴が大事に使っている高いシャンプーだ。それをこんな泡まみれになるまで使うなんて、俺がやったら間違いなく殺される。
(ま、犯人がアキならそれはねぇか)
初対面のとき、姉貴を見て顔を真っ赤にしたアキを姉貴はやたらと気に入っていた。「童貞もらっちゃおうかな」なんて、ふざけたことまで口にしやがったくらいだ。当然、指一本触れさせるつもりなんてなかったし全力で妨害してやった。
つーか、姉貴を見て赤面とかどういうことだよ。俺と似た顔だから照れたってんなら許すけど……って、あちこちに泡飛ばしてんじゃねぇよ。
「おいこら、泡で遊んでんじゃねぇ。ほら、こっち来い」
「ぶひゃっ!? ちょっと、あわあわを楽しんでるのに、なんでジャマするんだよー」
「うるさい、おとなしくしてろって」
「ひゃっ! うひゃっ、ちょ、ミツヤ、くすぐったいってばぁ」
「泡流さねぇと風呂から出られねぇだろうが。……って、こら、逃げんなって」
「やだもーん、くすぐるミツヤの言うことなんてきかないもーん」
「もーんじゃねぇ。さっさと上がらねぇと、お前すぐ風邪引くだろ」
「んなことないしー」
「嘘つけ。高校のとき何度熱出したと思ってんだ」
「あれはぁ、ミツヤがお風呂でえっちなことするからじゃーん。僕のせいじゃないしー」
そういやそうだった。ベッドで散々シたあと、いろいろ洗い流すのに一緒に風呂に入っちゃあ風呂場でも散々シてた気がする。
(だって、目の前にトロットロでうまそうな体があったら突っ込むだろ)
ヤりたい盛りの男なら当然の行動だ。
「うるせぇよ。さっさと泡流しきるぞ」
「ちょ、ぶひゃ、ひゃあ、ぎゃははは! くすぐったいって、ふひゃひゃ!」
「ちょ、お前、暴れんじゃねぇって、」
「ムリ! くすぐった、うひゃひゃ! ぶひゃっ、ひゃひゃひゃ!」
ほんと、子どもかよ。色気もなんもねぇ笑い方して、涙まで流して。そう思いながら見た涙目に下腹部がゾクッとした。
(その涙目やめろって。俺の理性がブチ切れるぞ)
俺がこの世で一番弱いのは絶対にアキの涙目だ。そう言い切れる自信がある。
アキはどこにでもいるような平凡な男だ。ちょっと小柄かもしれないが、不細工でもイケメンでもない普通の顔をしている。いまだに染めたことのない真っ黒な髪の毛はマジメちゃんそのものにしか見えない。それは昔からずっと変わらないところで、初めてアキを認識した中学のときは、もっとマジメちゃんに見えた。
(最初はクラスメイトってことすら認識してなかったっけ)
ちなみに隣の席になったとき「こんなヤツいたっけ?」なんて思ったのはアキには内緒だ。
隣の席になったのがきっかけで何度か話すようになった。たぶん宿題はどうしたとか教科書見せてとか、そういった内容だった気がする。
そんなある日、授業中にあくびを噛み殺すアキが偶然視界に入った。たったそれだけのことなのに、やけに忘れられなくなった。それ以来、涙目のアキが気になってちょいちょい盗み見るようになった。
(いまならわかる。あれは色っぽいって感じたんだ)
何でこんな平凡な男に色気なんて感じたんだろうなぁ。いまだに七不思議の一つとしか思えない。
七不思議の二つ目は、やたらと体が柔らかいアキを見てムラッとしたことだ。
怠い体育の時間に、たまたま前屈するアキの背中が目に入った。グッと突き出すような形になった尻を見て「いいケツしてんなぁ」ってムラッとした。プリッとしたケツの間にキンタマの膨らみが見えたとき、なぜかやたらムラムラしたのも覚えている。
そんなことを思い出しながら、相変わらず敏感なアキの横っ腹を手のひらで撫で回した。
「ちょっとミツヤ、やめてってば。マジでくすぐ、ぶひゃひゃっ、ひゃははははっ」
不細工なほど涙目のアキにゾクゾクした。
(あー、やっぱすっげぇ泣かせたくなる顔してんだよな)
なんでもない顔なのに、どうしてそう思うようになったのかなんてもう覚えてない。それでもアキの涙目は忘れられなかったし、思い出せば俺のナニがギュンと元気になった。ほんとよくわかんねぇけど、俺の体はアキの涙目ですぐに興奮してしまうんだ。
「ちょっとミツヤ、なんで大きくしてんだよ。えっちだなー」
「お前が素っ裸で泣いてるからだろ」
「はぁ!? 泣いてないし!」
「嘘つけ。めちゃくちゃ涙目だろうが」
「これはミツヤがくすぐるからで……って、ちんこくっつけるなってば。ちょっと、ミツヤ!」
「無理。それに勝手に裸になったのはそっちだろ?」
「それはぁ! 濡れて気持ち悪かったからで、って、だからちんこ!」
「ちんこちんこって、お前どんだけエロいんだよ」
「もうっ、馬鹿ミツヤ!」
「バカって言ったほうがバカなんだよ」
プンプン怒り出したアキを捕まえて思い切りディープキスをくれてやった。舌を甘噛みしながらアキの下腹部に手を伸ばせば、俺以上にしっかりおっ勃てていやがる。それに先っぽはヌルヌルしてるし、これって絶対に泡じゃねぇよな?
ヌルついた右手を後ろに伸ばせば、そこはもうヒクヒクしていていつでもオッケーな状態だった。
「……こういう体にしたのは俺だけど、なんかムカつくな」
「んぁ、ミツヤ、も、やだ、」
「はいはい、ちゃんと責任取ってやるから体拭くぞ。……って、なんで逃げようとすんだよ」
「やだって言ってんじゃん。もうミツヤとは寝ないって、決めてんだから」
「はぁ?」
バスタオルで全身くるんでやれば、今度は嫌々と首を振りながら抵抗し始める。そんな腑抜けた腕じゃあ俺から逃げることなんてできないくせに、それでも嫌だと言うアキにイラッとした。
「いまさらなんだよ? 彼氏いねぇんだから嫌がる理由なんてねぇだろ」
「そ、じゃなくて、や、ちょっと、ミツ……!」
嫌がる頭を無理やり掴んで、またディープキスをくれてやった。昔、散々開発した上顎をねっとりと舌で擦ってやれば肩がヒクヒク震え出す。その素直な反応に口元がにやけてきた。
(くっそエロいこの体をイチから丁寧に拓いてやったのは俺だぞ)
舌を甘噛みされるのと、上顎を舐められるのが気持ちいいってことを教え込んだのは俺だ。乳首は爪で弾くようにしてやるのが一番で、へそをほじるように舐めるとめちゃくちゃ感じるのも俺が見つけた。
ベッドの中じゃ前より後ろで感じるようにしたのも俺だし、そりゃもう丁寧すぎるくらいじっくりと拓いてやった。そのうち前をいじらなくても尻だけでイくようになって、あのときはあまりの感度のよさに俺のほうが驚いたくらいだ。
触れれば触れるほど感じまくるから、段々と容赦なく抱くようになった。気がつけばアキばかり抱いていて、アキじゃないと勃起すらしなくなった。アキが視界にいないとイラついてどうしようもなかった。
(だから、アキを手放すことにしたんだ)
あのままアキのそばにいたら、きっと二人とも駄目になっていた。駄目っていうよりおかしくなっていたに違いない。
アキは明らからに俺に依存するようになっていたし、俺もアキほど気持ちいいと思える相手を見つけられなくなっていた。そもそもアキがちょっと涙目になるだけでフル勃起するなんて変態にもほどがある。
(アキを自分のそばに置いておきたい。自分だけのものにしてしまいたい)
そんなおかしな欲望をはっきりと認識した俺は、俺からアキを解放してやらなきゃいけないと思った。
(一番ヤバかったのは三年の夏休み明けだったっけ)
自分から手放そうとしているのに離れ離れになることに腹が立って、このままじゃアキを部屋に閉じ込めてしまうんじゃないかと怖くなった。アキに鎖付きの首輪をはめる夢を見たときは本気でゾッとした。
心底自分が怖くなった俺は、わざわざ別の大学に進学した。そうやってようやく手放したっていうのにアキを抱き潰す夢ばかり見た。
(今度は何するかわからない)
そう思って俺からは一切連絡をしなかった。それなのに、アキは相変わらず俺に連絡を寄越す。しかも彼氏と別れたなんて愚痴を聞かせたりもした。
そんなアキに心底腹が立った。なんなら強姦まがいのことをしてやろうかなんて考えたこともあったが、そんな気持ちを抑えてでもアキに会いたかったのも事実だ。
(んなことを俺が考えてたなんて、アキは微塵も思ってないだろうけどな)
そんな苦労も葛藤も木っ端微塵にしてくれやがるのがアキだ。
「ほんと、どうしてくれんだよ」
キスだけでイッたような顔をしやがって。
(……いや、本当にイッたのか?)
あぁクソッ、相変わらず感度抜群じゃねぇか。あぁもう、そんな涙目で俺を見るなって。
必死の思いで手放して、もう二度と手を出さないって決意した。それでも顔を見たくて縋るように会った。そのたびに苦い思いをして、でも我慢して……って俺の苦労が台無しじゃねぇか。
「そんな顔してると突っ込むぞ」
そう言いながらフル勃起のナニを太ももに擦りつけたら、アキの体がおもしろいくらい跳ねた。
「やめてよ。もうミツヤとはしないって、決めてんだから」
「はぁ?」
「ミツヤとしたら、もうミツヤとしかできなくなるから困るって言ってんの」
「は……?」
なんだそれ。つーか、どういう意味だよ。
「全部ミツヤが悪いんだからな。あんな、いっつもドロッドロになるくらいヤッてたら、そういうのがいいって思うに決まってんじゃん。ミツヤがいいのにって思うに決まってる。でもミツヤはいないし、似てる男ばっか探しちゃうし、そんなんフラれるの当然だし」
「は? お前なに言って……」
「僕の体はミツヤが忘れられないって言ってんの! 僕は、大学行ってからもミツヤに抱かれたくて仕方なかったって言ってんの!」
泣きながら睨むとか器用だな。じゃなくて、なんだそのかわいい顔は。やべぇ、フル勃起してたはずのナニがもっとでかくなって痛ぇんだけど。
「アキ」
「も、いいっ! 僕帰るっ」
「ちょい待てって。ていうか、この状況で逃すと思うか?」
「だって、ミツヤは僕のこといらないって、だから別れたんじゃんっ」
「違ぇよ。あー、だから待てって」
バタバタ暴れるアキの耳をかぷっと甘噛みすれば、途端におとなしくなった。ここも感じるっていうのは昔のままだな、なんてちょっと嬉しくなる。
「告白ぶちかましておいて、なんで帰ろうとしてんだよ」
「コクってなんかないじゃんっ」
「俺に抱かれたいとか、立派な告白だろうが」
「ちが……っ、わないけど! でも、告白じゃないしっ」
「はいはい、俺のことが忘れられないとか抱かれたいとか、それえげつねぇ告白だからな?」
「ち、ちがーうっ! コクってなんかないっ!」
涙目で暴れるとか、どんだけかわいいんだよチクショウ。ますますナニがでかくなって痛いんだってぇの。
「言っとくけど、俺はアキのことが好きだからな」
「へ?」
「夢ん中で何度も抱き潰してたくらい好きだって言ってんの」
「……うそだ」
「おいこら嘘ってなんだ。初めての俺の告白をぶち壊すんじゃねぇよ」
「だって、何だよそれ」
「本気で好きになったのも、こうして告白すんのも初めてだって言ってんだよ。いいか、よーく聞けよアキ。俺はアキのことが好きだ」
「……ミツ」
「このでっかいやつをガンガンに突っ込みたいくらい好きだって言ってんの。もう無理って泣いても奥まで突っ込んで、男なのに孕みそうなくらい中出ししてぇって思うくらい、すげぇ好き」
「……ミツヤの変態」
「変態でけっこう。そのくらい好きだってことだ。わかったか?」
あぁもう駄目だ。せっかく手放したっていうのに、これじゃあ二度と離してなんかやれない。拒否なんてされたら手錠つけてしまいそうだし、嫌いなんて言われたら首輪つけて部屋に閉じ込めそうだ。
俺ってこんなヤツだったか? って自分でも疑問に思うけど、きっとこういうヤツだったんだろう。
(もしくは、アキと出会ってからそうなったのか)
どっちにしても、もう二度とアキを手放すなんてことは考えない。きっと俺は病的なくらいアキに依存する。もしくは、ギリギリ犯罪者にならない範囲での執着か。
「ミツヤ……あのさ、あの……僕もミツヤのこと、ずっと好きだったんだ」
泣き笑いで見上げてくる顔にゾクッとした。
ぐちゃぐちゃの顔を、もっとぐっちゃぐちゃにしてやりたい。トロトロにして、俺以外のことなんて考えられないくらいドロドロにして、それからもっとぐちゃぐちゃに泣かせたい。
「よーし、初めての恋人記念だ。思う存分ヤるか」
「え……?」
涙目のままキョトンとした顔も悪くない。ま、すぐにグズグズに泣かせるけど。そう思っていたら、どうしてかアキが引き攣った顔をした。
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