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連絡

ふと、違和感を覚えた。 仕事を終えて、晩御飯の用意をして、そろそろか、とスマホを見て、通知が無いことに。 いつもならこれくらいの時間に、一言帰ると連絡がある。 もし残業だったとしてもそれならそれで。 「……」 とりあえず、待ってみるか。 温めていたカレーに蓋をして、出していた皿をしまう。 変に狂ってしまったリズムが妙に落ち着かなくて、垂れ流していたテレビをぼんやり眺めつつ、スマホを手にして連絡を待っていた。 「(おかしい)」 いつもならとっくに帰ってきて、ご飯を食べて、後片付けも済ませて、風呂にでも入っている時間。 なのにハジメは帰ってきておらず、いつも欠かさない連絡すら来ないままだった。 「(なんかあったのか?)」 念の為ハジメの職場の住所を検索してみるが事件らしきニュースは上がってこず、電車が止まっている様子もない。 ハジメの職場の連絡先を確かどこかに控えていたはず…と記憶を辿りながら、まずはハジメ本人にメッセージを送った。 「だ、い、じょー、ぶ、か、っと」 送った後暫く画面を眺めていたが、既読が付くことも無く。 そわそわと落ち着かない気持ちで、ただスマホを握りしめていた。 「……」 何も手につかないまま2時間が経過した。 既読も相変わらずつかないまま。 こういう時、何からすれば良いのか想像が出来なかった。 会社?警察?まだ待つ?迎えに行く?どこに? 何があったのか、今どこにいるのか、何をしているのか、全く分からない。 時計と睨み合って、終電まで待つか考えて、一度電話してみる事にした。 アプリからじゃ通知が行かないかもしれないから、標準の電話で。 普段滅多に使わないから妙に緊張しつつ、コールを数えて、15回目で切った。 「なん……」 だ、なにが起きてる? 今までこんなにも連絡が取れないことは無かった。 メッセージアプリを立ち上げて、もう一度何か送ろうと考えて、何を送ればいいのか分からなかった。 連絡が取れないなら何か理由があるんだろう。 電話が繋がらなかったことで逆に落ち着いて、不安は消えないがカレーを食べることにした。 「(万が一何かあって…すぐに動かないといけない状況の時に、腹なんて構ってられない)」 いつもはキッチンに立ってつまみ食いをするハジメを怒る俺が、今日はキッチンに立ったまま飲む勢いでカレーを平らげた。 「(なんも味しねーよバカ)」 この前ハジメがネットで「安くなってる…」と密かに興奮して買っていたスパイスを使ってやったのに。 いつも以上に丁寧に野菜を仕込んで、いつも以上に沢山煮込んで、帰ってきた時に万全の状態で迎えられるように仕事だって早めに切り上げて、どんな反応をするのか楽しみにしていたのに。 想像とは正反対の晩御飯に、イライラなのかなんなのか、よく分からない感情でいた。 「…」 食べ終わった後片付けなどとっくに終わり、何度もハジメの職場周辺の住所を検索に掛けつつ待つこと更に2時間。 そろそろ終電が出ようとしていた。 ドクン、ドクン、とやけに大きく聞こえる心臓の音に、どれだけ温めても冷えが抜けない手足の先。 落ち着かなくて、メッセージアプリを何度も開いては閉じ、電話しようか迷って、結局掛けず、時計と睨み合って、またスマホを見て、そうやって、少しずつ時が進んでいく。 服も着替えて、車の鍵だってすぐ目の前に置いている。 ほんの数分でも電話が繋がって、どこにいるのかさえ分かれば即迎えに行く準備が出来ていた。 落ち着かない。別にハジメもいい大人で、男で、心配するようなことは何もないはず、無いはずなのに、いつもと違う、いつもの連絡やいつもの時間、いつもは傍にいるのに、今日は居ない。 いや、連絡さえつけば…でも、連絡出来ない状況ってなんなのか。 思考がぐるぐると回り続ける。 もう一度終電の時間を調べて、発車した5分後にメッセージアプリを立ち上げた。 「む、か、え、に…い、こ、う、か…?」 変換して、送信して、また暫く眺めていたがやはり既読はつかない。 こんなことなら位置情報共有アプリ入れとくんだったなと思ったが、今更どうにも出来ない。 普段聞かなくても連絡を寄越して来る奴なのだ。こんな事になるなんて思わなかった。 とにかく探しに行きたい。でも、入れ違いが怖い。 動きたいのに動けなくて焦りとイライラが募る。 なんの変化もない検索を繰り返して、なんの変化も無いと分かっていながらも辞められない。 「はーーーーーー」 肺の空気を全部吐き出して、少し止めて、吸い始めて、また吐き出して、そうやって気持ちを落ちつかせて、また検索をかける。 更新して、検索して、アプリを開いて、閉じて、時計を見て、スマホを見て、深呼吸して、また検索して。 何度も、何度も、ひたすらに繰り返していると、カチャン、と玄関から、音。 「ッ!」 一気に跳ね上がる心音。 何故か息を潜めて、玄関へと続く扉を凝視して、足音が近付いてきて、扉が開く。 そして見えたのは、ハジメの姿。 目が合って、何故かお互いに何も言わなくて、そのまま数秒。 何してたんだよ、連絡は、何でこんな時間まで、何が。 色々言いたいことがありすぎて、何から言えば良いか分からなくて、結局言葉が出なくて、目だけは逸らさなくて、そして、先に口を開いたのはハジメだった。 「どこか行くの?」 「ッ」 脳が、沸く。 反射的に立ち上がって、詰め寄って、思い切り胸を押した。 「何してたんだよ!」 俺が押したからというよりは圧に驚いて半歩下がったようなハジメ。 きょとんとした顔が腹立たしくて、もう一度押す。 「俺は!ハジメに!なんかあったんじゃないかって!思って!」 何度も押して、声を荒らげて、少しずつ下がっていくハジメを追いかけて、押して、怒っていたはずなのに涙が浮かんで、悔しくて、ハジメの胸元を睨みつけて、もう一度押す。 今度は我ながら弱々しくて、ハジメも当然のように、よろける事も無く。 ズルズルと落ちていく自分の手を見て、何でこんな怒ってんだろう、と冷え始めた頭で考えていた。 「…ごめん」 降ってくる声が、温かい。 でも顔が上げられなくて、そのままでいたら両頬に手が添えられて、顔を上げさせられた。 「ごめん」 目が合って、もう一度言われて、許しそうになって、留まった。 「説明は」 「…………うん」 キスしたかった、みたいな顔しやがって。 簡単には許さないからな。 ソファに腰を落ち着けて、今聞いた事の経緯を頭の中で整理する。 「…つまり、定時丁度にビルが停電して、閉じ込められて、スマホの電源も切れてて、助けが来た後急いで終電に飛び乗って、今、ってこと?」 「うん」 「……」 なんというか。 思っていたより安全で、思っていたより大変な事になっていた。 「全フロア電子キーだから…困った。物理鍵管理してる上司も、出張中だったし…上司の電話番号知ってる人を探すのにも…時間がかかった。これは要改善」 む、と仕事人の顔をしているが、聞きたいことはまだまだあった。 「そもそもなんでスマホの電源切れてたんだよ」 「それは…」 難しい顔から一転、視線がふらふらと逃げていく。 ぐい、っとハジメの視界に俺の顔を侵入させると、ちょっと困った顔をして、それから、諦めた顔。 「……今日、カレーって聞いたから」 「…聞いたから?」 「どんなカレーにするのか…気になって、色々、検索してるうちに…」 「バッテリー使い切ったって?」 「…そう」 小さな声で答えるハジメに、気分が、グググ、と上がっていく感覚。 「俺も楽しみにしてた」 「……?」 「ハジメと食うの」 ちゃんと目を見て、伝える。 ブレない俺の目に対して、ハジメはちょっぴり揺れたあと、緩く頭を下げた。 軽くワックスが塗られた髪の奥に見えるつむじを押して、そういえば今日取引先に会うって言ってたな、と思い出す。 普段は寝癖さえ無ければオッケーなハジメが、ワックスをつける珍しい日。 そうだ…きっと疲れて帰ってくるだろうから、今日はハジメの好物を用意しておいてやろうって思ってたんだ。 晩御飯をカレーに決めた経緯を思い出して、労りたかった気持ちを思い出して、もういいよ、という意味を込めて髪をぐしゃぐしゃに混ぜる。 ワックスはもう必要ない、ここは俺とハジメが一番安らげる場所。 「風呂にする?カレーにする?」 新妻のように聞いてやれば、かなり時間を掛けて迷って、俺の手を引いて、小さく、風呂、と答えられた。 連絡出来なくて焦って、とにかく帰ってきた × 連絡が来なくて心配して、それでも耐えて待っていた

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