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番外編 Akito 第2話

 例の動画を観せられた時、秋都は映っている少年が聖だと信じて疑わなかった。  むしろ、半信半疑な様子の皆が不思議で仕方なかったくらいだ。  クラシック系は詳しくないから技術的なことは良くわからない。けれど、とても綺麗な歌声だと思った。  なにより、その愛らしい姿は特筆モノだった。  キャプ画が欲しいと透にねだろうかと悩んだくらいに。  ある意味、聖の見た目は秋都の理想そのものだった。  こんな子を描いてみたいな、という要素が詰まっていて、それ以上に仕草が可愛らしい。  本人にモデルを頼むのは気が引けたので、こっそり観察してはスケッチしてみた。  そうしているうちに気付いたのは、どうやら聖は無意識に時々歌っているらしい、ということだった。  おそらく当人はそのことに気付いていない。本当にかすかに、ちいさなか細い声でメロディを紡いでいる様子は、秋都にそう思わせた。  そんな経緯もあって、実は秋都は例のカラオケで本人から声が出なくなった理由を聞いた時、直感的に嘘だと見抜いていた。  自分ではうまく誤魔化して他のメンバーには気付かれないようにしたつもりだったが、そう上手くはいかなかったのが悔やまれる。  その後、聖の過去の話を聞いた時のショックは、今でも忘れられそうもない。  もし自分が、それまで称賛されていた特技を急に失ってしまったとしたら、彼のように立ち直ろうと努力することは果たして出来ただろうか?  そう、たとえば急に何かが起きて――具体的な理由は思いつかなかったが――絵が描けなくなってしまったとしたら。  でも、きっとその時は、ひーさんを描いてリハビリすればいいんじゃないかなあ。      今だって彼のおかげで、カワイイ女のコを上手く描けるようになっているのだから。  秋都は不思議な理屈で自分を納得させると、再びペンを手に取った。 ***** 「オレさ、漫画家辞めて、バンド一本に絞ろうと思ったこともあったんだ」  隣でアコースティックギターを弾いている聖に、秋都は語りかける。 「でも……なんか、ひーさんが頑張って声を出そうとしてるの見てたらさ。もうちょっと、続けてもいいかなって」  ギターの音色が聞こえなくなったので、秋都は横に座っている聖に目をやった。  大きな瞳でじっと見つめられる。それは、まるで慰めているようでもあり、励ましてくれているようでもあった。  潤んだ瞳に隠されているはずの、彼の本当の気持ち。それが知りたくて、秋都は顔を近付ける。  ぽってりと紅い、やわらかそうなくちびる。  でも、触れてしまったら、この穏やかな関係が壊れてしまいそうで。    たまらなくなって目を逸らした。  自分はまだ、彼に相応しい人間には程遠い。 「いつか、もっともっと絵が上手くなって……巻頭カラーとか描かせてもらえるようになったら」  秋都はそう言って、目の前のタブレット端末を操作した。今ではたくさん描きすぎて、フォルダに何十枚も入っている一連の画像を開く。  そこには、ギターを弾く聖の姿が描かれていた。 「ひーさんをヒロインにして、全米が号泣するようなスーパーラブストーリーを連載してもいいかなぁ」  もちろん、主人公は秋都自身だ。壁ドンとか顎クイとか、きゅんとくる要素は全部盛り込むつもりである。  聖は、秋都の言葉にすこし首をかしげた。白くて細い指が、タブレットの画面を愛おしそうになぞる。 「でも、おれがヒロインって配役おかしくない?」  か細い声で可愛く抗議されて、秋都は思わずギターごとその華奢な身体を抱きしめた。

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