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番外編 kanata 第1話

 彼が言葉を発することができない、と聞いた時、彼方は不謹慎ながら親近感を抱いた。  もちろん、彼方は話せないわけではない。  だが、方言を使っていることから生じる一種の疎外感のようなものは、常にまとわりついて離れなかった。  転勤族の親のおかげで各地を転々とした結果、他人と距離を取る癖がついた自分。  聖の愛らしい仕草は、どこかやんわりとまわりを拒絶しているように感じられて――そこでも彼方は、勝手に似た者同士のように思っていた。  決定的だったのは、やはり話さない理由を知った時だ。  一度手に入れたものをまた喪うのが怖くて、ならば最初からなにも手に入れなければ良いのだと――独りを選択した。  そんな昔の自分と聖の姿を重ね合わせて、彼方は苦々しく思いつつも彼に惹かれていくのを止められなかった。 「今日も可愛いなぁ。このあと、一緒に買い物行こか」  顔を合わせる度にからかうのは、照れ隠しでもあったのだった。  ***** 「お、聖が一番乗りや」  誕生日のお祝いメッセージ。日付が変わった瞬間に届いたのを確認して、彼方は笑みをこぼす。  だが同時に、複雑な感情を抱いたのも事実だった。 「あいつ、気ぃ遣い過ぎやわ……」  携帯の画面を見ながらぽつりとつぶやく。  聖の繊細で優しい性格はメンバー全員の知るところではあるのだが、彼方はそこが少し心配でもあった。  自分の方が年上なのに、彼方が気軽に呼び捨てにしても、聖は嫌な顔ひとつしない。  むしろ、あまつさえ嬉しそうに微笑みかけてきたりするのだ。  自分も割と空気を読んで行動するタイプだとは思っているが、そこまで人の顔色を窺うことはしない。  だから聖にじっと見つめられると、どきどきすると同時に、彼の内面をもっと知りたいという欲求に駆られる。  そして、放っておけない気持ちになって、ついまたかまってしまうのだ。    次々と更新されていく通知。  彼方はそのひとつひとつに律儀に返信しながら、もう少し聖も気楽に接してくれたらいいのに、と思う。  お互いに探り合いながら距離感を測っている関係というのも、それはそれで悪くはない。  が、もっと親密になりたいというのが彼方の本音だった。  その点、相手の懐に飛び込むのが上手い秋都は羨ましい存在だ。  明日のスケジュールを確認しながら、彼方はどこかで聖と仲良くなるチャンスはないか考えていた。  メンバーが開いてくれたサプライズパーティは、思ったよりなごやかに終了した。  酒が苦手な人間の方が多いというのもあるし、唯一の酒豪はどれだけ呑んでも変わらないので、こういった集まりでもそこまで羽目をハズすことがないのだ。  昔のヴィジュアル系バンドからしたら、ありえへんくらいおこちゃまなんやろうな。  ほんのりと酔いがまわった頭でそんなことを考えていると、帰り支度をしている聖と目が合った。  なにか言いたげな様子を察して、彼方は素早く周囲の状況を探る。  どうやら他のメンバーは皆、翔の車で送っていってもらうようだ。 「聖、オレはタクシー呼ぶけど、相乗りしてく?」  聞きつけたらしい透が視線を寄越したが、彼方はあえて気付かないふりをした。  なんといっても今日は主役なのだ。すこしくらいの役得があってもいいだろう。 「いいの? じゃあ、お願いしようかな」  聖が応じてくれたので、邪魔者どもに何か言われないうちに会場を後にする。 「良かったのかな。黙って出てきちゃって」 「トールがなんとかしてくれるんちゃう? ええよ、たまには」  相変わらず周りに気を遣いすぎる聖を、彼方は半ば強引に連れ出した。

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