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番外編 kanata 第2話

 タクシーがつかまらない、と言い訳をして、彼方はファーストフードの店に聖を誘った。 「なにか言いたいことがあったんやろ」  窓に向かう形のカウンター席に並んで、話を切り出す。 「やっぱり、わかってたんだね」  聖はそう言って、ふんわりと微笑んだ。 「そりゃわかるって。オレ、聖のこといっつも見とるもん」  両手で包むようにカフェオレのカップを持つ姿があまりにも愛らしくて、彼方はつい、またからかうようなことを言ってしまう。  聖はすこし困ったように、でも笑顔のまま黙り込んだ。  彼方もあえてそれ以上は話さず、彼の次の言葉を待つ。 「あの、ね。おれ今の大学から、他のところに編入しようかと思ってて」  意外な話題に、彼方は面食らった。たしかに、メンバーのうちで現役の大学生は自分たちだけなのだが。  聖は、英語をもっとしっかり勉強したいがどこの大学がいいのか迷っている、と言った。 「語学なぁ……連れに訊いてはみるけど、あんまり期待せんといてな?」 「そっか、ごめんね。誰に相談していいか、わかんなくて」  申し訳なさそうに言われて、彼方は絶対に力になってやろうと心に誓う。  まさかこんな些細な共通項で頼りにしてもらえることがあるなんて、大学に進学しておいて良かったな、などと思ってしまった。 「ええよ、聖やったら。これからも、いくらでも悩みとか聞いたるからな。遠慮なく言ってや」  これは社交辞令なんかじゃなく、本心だった。そのことをわかってもらいたくて、彼方は出来るだけ真剣な顔で聖を見る。 「ありがと。彼方は、優しいね」  ちいさく首を傾けた可愛らしい仕草には、他人を拒絶する雰囲気は微塵も感じられなかった。  自分が思っていたよりもずっと、いつのまにかふたりの距離は縮まっていたのかもしれない。      カップがテーブルの上に置かれるのを見て、彼方はすかさず聖の片手を握った。  驚いたようにその手を凝視した彼は、それでも振りほどくようなことはしない。  それがいつもの気遣いなのか、自分に対する好意なのか知りたくて、繋いだ手にすこしだけ力を込める。 「聖は偉いな。オレやったら、もう一度大学入り直すとかダルくてかなわんわ」 「それは、彼方が今の場所でちゃんと頑張ってるからだよ。おれは……居場所を探して、彷徨ってるだけだから」  珍しく聖が弱音を吐いた。  いまこの瞬間、自分は確かに、この繊細で優しい想い人から頼られている。  そのことは彼方の気持ちを高揚させた。 「オレかて、ずっと迷っとるよ。それこそ小さい頃から、いろんなとこ転々として……新しい土地で、いつも自分の居場所を探しとった」  窓の外を見ながら遠い記憶を手繰る。すると、彼方の手にやわらかな肌が触れた。  聖のあたたかな両手が、いたわるように……慰めるように、彼方の手を包んでいる。 「手、めっちゃあったかいな」 「ふふ。ずっとカップ持ってたからかな。いつもは冷たいって言われるんだけど」  誰に言われるんだろう、などと余計なことを考えてしまい、彼方はちいさく首を振った。  いまだけは、他のヤツのことなんて気にしないで、この愛しい人をひとりじめしたい。  だって、今日は記念日なのだから。  彼方はふっくらと優しいその感触を楽しみながら、もう一度窓の外を眺める。  白い雪が、ちらちらと舞っていた。  それは天使の羽根のように、あとからあとから静かに降りそそぎ続けた。

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