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番外編 sota 第1話

 爽汰が書類を抱えて部署内を飛び回っていると、あちこちから声がかかる。 「根岸くん、アルバム買ったよ~」 「あざーっす!」  彼がヴィジュアル系バンドのメンバーであることは、社内では有名だった。  同僚や数少ない部下は新しい盤が出たら必ず買ってくれるし、中にはライブハウスまで足を運んでくれるファンもいる。  特にテレビに出てからは、急に色々な場所で話題にされるようになった。おかげで、取引先の偉い人に顔と名前を覚えてもらえたくらいだ。  上司はそのことを喜んでいたが、爽汰にしてみれば会社のためにバンド活動しているわけではないので、なんだか変な感じがした。  そもそも、会社員をやっているのも活動資金を貯めるためであり、社内の人間は皆ファン予備軍だと思って接している。  透からは再三バンドに本腰を入れるように言われているのだが、やはりメリットの方が大きいので、多少都合の悪いことがあっても今まで続けてきたのだ。  しかし、ことここにきてそんなことは言っていられなくなっていた。いよいよ、メジャーデビューが現実味を帯びてきたからだ。  前々から「売れたら辞める」と冗談交じりに周りに公言してきたのだが、とうとうそれが本当になってしまった。  目下、爽汰の悩みは、上司にどうやって退職を伝えるか、だった。  でも、とりあえず次のボーナス貰うまでは続けたいよなぁ。  つい金銭的な事情を考えてしまい、これではまたメンバーにボロクソ言われるな、と思い直す。  だが、本気でプライベートスタジオを建てたいと思っている爽汰は、いまのうちに出来るだけ稼いでおきたいのだった。  *****  レコーディングが終わってしまうと、ライブのリハに入るまでメンバーが集まる機会は少なくなる。  爽汰はこれでも一応バンドリーダーということになっているので、最近は事務所探しという名目で透と動くことが多かった。  今日もそそくさと定時で退社した爽汰は、スーツ姿のまま待ち合わせの場所に向かう。  駅前の広場という定番の人混みの中でも、透は目立っていた。とにかく見栄えがハンパない。会社を訪問するので、珍しくスーツなど着ていたりするせいでもあるのだろう。  顔が良いのはもちろんのこと、手足が長くてすらっとしているので、まるでモデルのようだ。 「わりぃ、待たせたな」 「あぁ、俺が早く着いただけだから。大丈夫」  こんなところも男前で、爽汰はかなわないなあ、と思う。 「今日はどこだっけ……」  歩きながら、打ち合わせする事務所の情報を頭に入れる。これでも一応は営業職なので、基本は取引先に行くのと変わらない。 「でも、ここは話を聞くだけで終わりかもなぁ」 「そうなの?」 「あまり規模の大きいところじゃないしね。なにか海外展開してるようなら別だけど」  どうやら、透の基準では海外での活動が出来るかどうかが重要らしかった。 「最初は小さいとこから始めて、移籍するとかじゃダメなのか?」 「移ること前提で入るとか、相手にも失礼だろ」  それもそうか、と納得しながら、ふと自分の会社に対するスタンスも同じなのかな、と思う。  決してメジャーデビューするまでの繋ぎのように考えているわけではなかったが、結果的にはそうなってしまっている。 「なあ、西村。やっぱ、会社は辞めないとマズイよな?」 「今すぐってわけじゃなくても、いずれはそうなるだろうね」  何を今更、と言った感じで言われて、爽汰は頭をかいた。 「やっぱさ、上の人たちにも世話になってるから……なかなか言い出しにくくて」 「そっか。ウチで会社員なのは根岸くんだけだしなぁ。蓮くんにでも、どうしたらいいか聞いてみたら?」  よくよく考えてみると、確かに透の言うとおり身内で就職していたのは蓮くらいのものだった。 「でも、蓮くん達そんな暇ないんじゃないの?」  メジャーデビュー後も順調にキャリアを積んでいる彼らとは、しばらく連絡が取れていない。 「まぁ、その辺のことは根岸くんに任せるよ」  目的の場所が近付いてきたので、ビジネスモードに頭を切り替える。  どちらにしろ、近いうちに色々きちんとしなくちゃな。    爽汰は目の前のこじんまりしたビルを見上げながら、決意を固めるのだった。

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