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番外編 sho 第4話

 透は今日、新事務所のスタッフと飲みに行っている。  そう聞いた時、翔は聖が酒に弱くて本当に良かった、と心の底から思った。  透はすぐに酔ってしまう恋人の身を案じて、決して外では飲酒させないのだ。 「メシは? まだなら、一緒に食べる?」  送別会とはいえメインが飲食ではなかったので、翔は軽く菓子類をつまんだだけだった。 「そうだね。どーせ、透は帰り遅いんだろうし」  拗ねたように言うのが可愛くて、翔はついニヤけてしまう。  たとえそれが、自分以外に向けられたものであったとしても。  聖がたまに来るというハンバーガーショップは、時間が遅いこともあって空いていた。  ディナータイムはアルコールも出す店なのだが、当然ふたりともソフトドリンクだ。 「へえ、送別会でオリジナルのダンスを披露したんだ。面白いね」  先程の様子を記録した動画を、聖は興味深そうに見ている。 「翔がこんなに踊れるなんて知らなかったよ」 「メンバーの前でダンスすることなんてないからな」  ヴィジュアル系の中には振りを決めてファンと踊ったりするバンドもあるが、『EUPHORIA』はそういった方向性でやってこなかった。 「これだけカッコイイのに、やめちゃうのもったいないなぁ……ライブで踊ったりはしないの?」 「そんな、アイドルじゃないんだし」  褒められて照れくさいというのもあって、翔はつい冗談を言う。だが、聖は真剣な顔だ。 「でも、ホールはコンセプトを決めて演出するんでしょ? ダンスを取り入れるって案もアリな気がするな」  その言葉に、翔は目から鱗が落ちる思いだった。  今まで、バンド活動とダンスは完全に別物だと考えていたからだ。  メジャーデビューしたら趣味程度に続けるつもりではいたが、まさか仕事に繋がる可能性があるとは思っていなかった。 「俺、その発想はなかったわ」 「ふふ。だって、せっかくずっと続けてきたんだしね」  そう言うと、聖は豪快にハンバーガーにかぶりつく。 「俺さ、合唱団を辞めてダンスを始めたことは間違ってなかったって、ずっと思い込もうとしてた気がするんだ」  聖は、もぐもぐと口を動かしながらもじっと翔の目を見ている。 「でも、きっと心のどこかで、一度は歌を諦めたことを後悔してたんだろうな。トールからバンドのヴォーカルとして誘いを受けた時は、すごく嬉しかった」  そう言うと、翔は当時の怒涛の勧誘を思い出して微笑んだ。 「聖のギターと初めて合わせた時も、歌うことを続けて……まぁ、途中ブランクはあったけど……辞めないでいて良かったって、心から思った」 「おれも、バンドでセッションしたのはあれが最初だったから。すごく楽しかったよ」  やわらかく微笑む聖に、翔はまた愛しさがこみ上げてくる。 「いつか、さ。ドームの舞台に立ったときに、ふたりで歌えるといいね」  ぽつりとつぶやかれた言葉。  それは、いつか自分が考えていたことと同じ。 「……じゃあ、ダンスも一緒にやる?」 「それは遠慮しとく」  言いながら笑い合っていると、ふいに聖が真顔になった。 「あの、おれ……返事、まだしてなかったよね」  まさかこのタイミングで切り出されるとは予想していなくて、翔は半笑いのままで固まってしまう。 「いまさらって思うだろうけど。やっぱり、ちゃんと伝えておきたくて」  潤んだ瞳に見つめられ、その真剣な眼差しを受け止める。 「翔の気持ちは、本当に嬉しい。けど、おれは、透のことが」  言いかけた彼のくちびるに、翔は思わず指を伸ばしていた。 「あ、ごめん。つい……」  自分でもその行動に驚いて謝りながらも、どうしても続きを聞く気になれない。  聖はしばらく黙って翔の顔を見ていたが、やがて視線を落とした。 「おれの方こそ、ごめん。自分がすっきりしたいってだけで、翔の気持ち考えてなかった」 「いや、そうじゃなくて」  すっかり意気消沈した様子の聖を慰めたくて、翔はぽんぽん、とその頭を撫でる。 「まだ、その続きは保留な。だって、諦めずにいたら夢は叶うって、一度体験してるから」  それは、宣戦布告だった。  姫を護る騎士団の一員として、彼を悲しませるものからは徹底して闘う、と。   「覚悟しといてよ。いつか……お前を、攫いに行く」  すこし困ったような、でもどことなく嬉しそうに見える愛らしいプリンセスの手を取ると、翔はうやうやしくキスをした。

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