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第31話
「で、お話を戻していいですか?」
文維 が醸し出す甘く気怠い雰囲気を、煜瑾 が妙に冷静な声で掻き乱した。
「え?何でしたっけ?」
なんとなく核心を誤魔化せた気がしていた文維は、思わずトボける。
「宋暁 さんとのことですが…」
「あ、ああ!宋暁、ね」
ソファの上で、しっかりと煜瑾をその腕に抱き、横になっていた文維だが、なんとなく居心地が悪くなる。
「私は、文維と宋暁さんの関係に嫉妬しています。それは、文維を愛しているからです」
嫉妬の理由に自信を持った煜瑾は、嬉しそうに言った。その笑顔が美しいとは思うが、文維は少し複雑な気分だ。
「宋暁は、…その、少し傲慢な所があるので、煜瑾に挑戦的なことを言いたがるかもしれませんね」
文維にそんな風に言われ、煜瑾は今日、宋暁に言われたことを思い出し、また不愉快な気持ちになる。
「私に対して『文維を返してもらう』だなんて、傲慢というよりも、トンチンカンな勘違いです」
こんな風に、唐煜瑾が嫉妬にムッとした顔をしているなど、誰に想像できるだろう。
他人に対する、妬みも嫉みも知らない穢れ無き天使が、恋を知り、愛を知り、とうとう人間となってしまった。
でも、それを文維は、煜瑾にとっても、自分にとっても良いことだと思っている。人は、人として生まれ、人となり、人として終えるべきなのだ。
「思い知らせるべきかもしれません」
「煜瑾?」
「トンチンカン」だの、「思い知らせる」だのという、とんでもない言葉が煜瑾の口から出て、文維は驚きを隠せない。とてもではないが「深窓の王子」の使う言葉ではない。
「小敏 のようなことを言ってはいけませんよ、煜瑾」
清純な煜瑾に、このような言葉を教えそうな人物が分かっている文維だった。
「宋暁との関係は、アメリカ留学中の、たった一時のことです。彼にはすぐに、もっと裕福で社会的地位も高い恋人が出来て、ただの留学生だった私なんて見向きもされなくなったのですよ」
それは、ほとんど事実だった。
医学と舞踊という専門は違えていたが、互いに中国からの留学生として出会い、惹かれ合い、恋人として楽しい時間を過ごしたこともあった。
けれど宋暁が怪我をしてダンスを諦めた時、慰めたのは恋人だった包文維ではなく、イタリア系アメリカ人のカメラマンだった。
カメラマンに見出されて、モデルとして活躍するようになると、宋暁は自然に文維と会う時間が減っていき、そのまま別れたというより、消滅した、という関係だった。
なので、きちんとした別れ話をしたわけでもなく、ケンカをしたわけでも無い。
「ですが…」
腑に落ちない様子の煜瑾に、文維はソッと口づけた。
「私には、煜瑾だけ。君以外は考えられないし、君以外誰も、何も欲しくありません」
文維の言葉に、やっといつも通りの天使の笑顔を取り戻した煜瑾だった。
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