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第3話

清盛たちが女の子とデートする日、悠は清盛の母、絵美(えみ)から食事当番を任された。 『ごっめーん悠ちゃん、ここんとこ帰れなくって。あの子、ほっとくとご飯食べないでゲームしてるから、何か作ってやって? 材料はさっき外出たついでに入れておいたから』 一方的に話して切れた電話は、悠の反論を許さなかった。もはや会社が家となっている絵美は、食料を入れるためだけに自宅へ帰っている。 それでも、インスタントにほとんど頼らないのは、彼女なりに健康に気を使っているのだろう。それに比例して、悠の仕事も増えるのだが。 夕方に木全家を訪れて、合鍵を取り出す。全面的に信頼されているのか、鍵の置き場所まで知らされている始末だ。 家の中に入ると、熱気と湿気が纏わりついた。あまりの不快さに一瞬眩暈がし、足早にリビングへ行く。 窓を全部開けエアコンを点けると、ようやく空気が動き、ソファーにぐったりと座る。この家は昔から空気の動きが悪く、夏は死にそうなほど暑い。 清盛の父親は三人でこの家に住むことを夢見て買ったらしいが、早々に外へ出て行ってしまった。 父親との思い出がろくにない清盛は、今日の遊園地も二回目だとはしゃいでいた。 ほとんど家族がいないこの家に、清盛はいつも一人で過ごしているのだ。 「絵美さん、俺のこと絶対キヨの兄弟みたいに思ってるな……」 しょっちゅう清盛の家に出入りしている悠に対して、悠の家族はむしろ木全家を助けてあげて、と後押しをしている。 確かに、不規則な生活を強いられる仕事をしながら、女手一つで子供を育てるなんて、並大抵のことではない。 部屋の空気が入れ替わったところで、窓を閉め、家事にとりかかる。 夏なので洗濯物はいつでも乾くから、洗濯機を回しておく。絵美の衣類があればしたくないのだが、今までにそんなことはなかった。どうやらさすがに気を使ってくれているらしい。 洗濯が終わるまでに、夕食の準備をする。今日は豆腐とわかめの味噌汁に、にんじんのピリ辛きんぴら、菜の花の御浸しに、鮭の塩焼きだ。 悠の得意料理は、基本的に和風が多い。 ある程度料理ができた頃、洗濯機が止まっていたので庭に干す。 清盛は一応洗濯物を取り込むが、たたむことはしない。取り込んだものの山から取って、使っていくようだ。 悠はその山を丁寧に片付け、一息ついたら夜の七時になっていた。そこで、清盛からメールが届く。 『今日ご飯ある? 遅くなるけど食べるから待ってて』 どうやら楽しめているみたいだ、そしてきちんと帰ってくることが分かって顔が緩む。 少し前、どんなに遅くなっても悠のご飯は食べたいから、と言ってくれたのは嬉しかった。 『あるよ。了解、待ってます』 こんなメールのやり取りを藤本が知ったら、確実にからかわれるな、と悠は苦笑した。 ただの幼馴染という枠を越えているのは分かっているが、これが悠たちにとっての普通だ。 清盛が帰ってくるまで勉強でもしよう、とリビングで教材を広げる。外はようやく暗くなってきたところだった。  ◇◇ それから四時間、清盛は一向に帰ってこない。 さすがに高校生が出歩いてはまずい時間なので、連絡を入れようとしたその時だった。 「ただいまぁ~」 やけに陽気な声がすると、清盛はふらふらとリビングにやってきた。 「ただいま~、じゃないよ、何時だと思ってるんだ?」 ソファーに寝転がる清盛に、待ってたんだぞ、と言うと、何故か彼はえへへ、と笑う。 「ごっめーん、悠ちゃん怒った? いやー、今日めっちゃ楽しくてさぁ」 いつもと違う清盛の口調に、かすかな甘い香りがのってくる。その顔は、ほんのり赤くて酔っているのは一目瞭然だ。 どこかで聞いた語り口調だなと思っていたら、酔うと母親の口調とそっくりになることを、悠は学習した。 「お前っ、高校生のくせして、酒飲んだのか!」 「だって~、何度か断ったのにしつこくてさぁ」 帰りを待っていたのに、この仕打ちはあんまりだ、と悠は清盛を殴りそうになった。 「空きっ腹に酒入れたから、回りも速くて……」 そう言いながら、清盛はソファーに沈んでいく。 「寝るなっ」 頬を叩いたが、すでに反応はなくなってしまった。仕方なくタオルケットを持ってきて掛けてやると、「ごめん……」と寝言で呟いてくる。 「ごめん、じゃないよ、全く……」 呆れてものも言えなかったが、そんなことで許してしまう自分にも、十分呆れていたのだった。

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