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第27話
そして向かったのは駅前の居酒屋。安くて量もあることで定評のある店は、平日ということもあり、客入りはまあまあだった。
何でも好きなの頼んでねと言ったら、幸太はおつまみ系を「とりあえず」と言って数種類頼み、大盛りご飯と一緒にかきこんでいく。
枝豆に鶏もも肉の串焼き、焼き鮭にから揚げフライドポテト、それらを全部二人前頼んで、一人で消化していった。
背が高いのは、この食欲のせいかもしれない、と博美は思う。
中でも好物らしかったのは、博美が生ビールを頼んだときにお通しでついてきたタコわさびだ。好みがすでにオヤジくさい。
「タコわさ、好きなの?」
「うん、好き」
ビールをちびちび飲みながら、幸太の豪勢な食べっぷりを眺めていると楽しくなってくる。
博美の分のタコわさびをちびちびと大事そうに食べながら、大盛りご飯をお替りしている。
「さっきから食べてるもの見てると……なんだかオヤジくさいよ?」
それでも食欲は育ちざかりで、そのアンバランスさが面白くて笑う。しかし、幸太は気にした風もなく、ご飯をかきこむ。
「よく言われるから今更気にしない。どうせみんな歳は取るんだし」
その言葉で自分の年齢のことを考えさせられた。
就職先は今の塾にすでに誘われているから問題はないが、やはりこのまま一人で歳を重ねるのは寂しい。
「そうだね……俺も、このまま歳をとるのかなぁ……」
呟いた言葉は自分でも妙に寂しく聞こえて、幸太は何も言わなかったので続ける。
「どうも危険なにおいがする人に惹かれちゃうみたいなんだ。後悔するのは分かっているのに……でも、そろそろきちんとした付き合いしたいな」
あっさり博美の性癖を認めてくれた幸太だから、こんな愚痴も言えるのだ。そんなことさえ、今までの博美にはできなかった。
「簡単なことだろ。危険なにおいがしないやつを選べばいい」
本当に簡単に言ってくれた幸太は、満腹になったらしく、ウーロン茶を飲み干す。
「そんなこと言われても、そういう人って大抵ノンケだし」
言いながら、博美は情けないと思った。
お祝いだと言って連れてきたのに、自分の愚痴ばかり言ってることに。
「そう言って、寂しさを紛らわすの優先で付き合うからだろ? 先生、美人で性格も優しいし、時間かかってもじっくり探せばきっと見つかるって」
そう言われて、博美はハッとした。やはり幸太には、人の心を読む力があるようだ。
いくら擦れたふりをしていても、幸太には見破られてしまう。
この人なら、と博美は思った。この人なら何でも受け止めてくれる。
博美の弱い部分を叱って、それでも見放さずに一緒に頑張ろうと言ってくれるはず。本当に、理想の人だと感じたのだ。
「先生? どうした? 急に大人しくなっちゃって」
「ううん、ありがとう」
こんなに嬉しい気持ちになったのは初めてだった。そして、自分の気持ちがもう後戻りできないところまで来ていることに今更ながら気付く。
(ああ、だめだ。俺、この子が好き)
六つも年下だとか、しかも相手は未成年だとか、どうでもよくなってしまうほど、博美はハマっていた。
今まで自分を受け入れてもらえなかった分、心の広い幸太に惹かれてしまうのは必然だ。
そう完全に認めてしまってから、博美の心臓は落ち着かなくバクバクしている。酔っているせいもあるが顔も熱い。
「ちょっと、ホントに大丈夫? 顔真っ赤」
不意に頬を撫でられびくっとなる。
もちろん相手は意識などしているはずもないのだから、博美の反応は敏感すぎた。
「あ、いや、大丈夫っ」
慌てて顔の前で両手を振る博美に、幸太は何かに気付いたような表情を浮かべ、にやにやと笑いだした。
「先生、もしかして俺のこと、意識してる?」
「えっと、その……」
うぬぼれるな中学生が、とでも言えればよかったのだが、この時の博美は完全にパニックになっていた。
「……うん、俺、先生のこと可愛いと思うし。付き合ってみる?」
挙句の果てにそんなことまで言い出し、博美は顔から火が出るかと思うくらい恥ずかしかった。
心の機微に敏感な幸太だが、こういう時はそっとしておいてほしい、と泣きそうになる。
「ほら、先生返事は?」
優しい声音で促されて、完全に幸太の手のひらで転がされていると、博美はますます泣きたくなった。
しかし、ここでチャンスを逃しては、ただの馬鹿だ。博美はバクバクとうるさい心臓をなだめるために大きく深呼吸して、蚊の鳴くような声で返事をした。
「…………お願いします……」
こうして、六歳差カップルが誕生したのだった。
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