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第28話
それから付き合い始めて七年経ち、夏の足音が聞こえ始める頃、博美は幸太が通う大学の近くに引っ越した。
幸太には理由は言わなかったが、いつでも会える距離にいたかったのと、いくら住まいを変えても付きまとう、一通の手紙が博美の不安を煽るからだ。
博美はやはりここへ引っ越しても届いた手紙を眺めて、ため息をつく。
相手には住所など一切教えていないのに、どういうわけか届くのだ。しかも差出人はいつも中の手紙にしか書いていない。
内容は決まって相手の近況。それからこちらの近況を知るためにも会わないかという催促。
四月からずっとこの手紙と付き合いがある博美は、今回も軽く中身を読んでゴミ箱に捨てた。
そこで、インターホンが鳴る。今日は幸太が部屋にくることになっていた。
「はーい」
できるだけ明るい声で出迎えると、幸太がコンビニの袋を持って入ってきた。
「何買ったの?」
「清盛につき合わされた。チョコだけど、食う?」
幸太の口から最近聞かない日はないくらい、馴染んだ名前が挙がる。
そのまま中へ促すと、リビングのソファにぐったりと腰かけた。
「ありがとう……ってことは、一回家へ帰って戻ってきたの? なら今日はナシで良かったのに」
「そんなわけにはいくか。大体、清盛は唐突でしかもわがままだから、一度言い出したら春名が止めるまで止まらないから」
「……あー」
博美は苦笑する。高校で知り合い友達になり、大学も同じ学部に入った清盛は、明るくて、クラスの人気者らしい。
基本世話焼きの幸太が横着な清盛の面倒を見ているうちに、つるむようになったようだ。
そしてその清盛にはご執心の幼馴染がいるらしく、博美は一度会っただけだと言うのに、ものすごくインパクトがある子だったな、と思う。
そして、清盛の話題が出てくると、自然とその春名の話題になるのだ。
「アイツ、また何かいろいろ抱えてやがるんだよなぁ。話せっつっても笑ってありがとう、って言うだけだし。まだ警戒されてるなぁ、俺」
幸太のおせっかいによって救われた身の博美は、彼は純粋に春名を心配しているのは分かっている。
清盛と春名は高校の時に紆余曲折あって付き合い始めたらしいが、どうやら清盛と何かあったらしい。博美としてもその春名の言動は気になっている。
「う~ん、どうしてもギリギリまで溜めちゃう子なんだね。同性に惹かれるなんて、自分で認めるのも怖かっただろし」
「やっぱそうなのか? 博美さんもそういう経験した?」
「……まぁね」
幸太の良いところは、首を突っ込んでも最後まで責任を持つところだ。そして、解決するためなら、他人の意見を際限なく取り入れる。
今はその位置に博美がいることを、博美自身嬉しく思っているのだ。
「そうなんだよなぁ。アイツどんどん溜め込んでくからなぁ。しかもその姿が妙に艶っぽくてキケンだ」
眼鏡を取って目頭を押さえる幸太の隣に座ると、幸太は自然に博美の肩を抱いた。
こういう、さりげないスキンシップが多い幸太だが、博美はなんだか居心地が悪くなってしまう。
何故なら、先月にやはり何気なくこうやってマッタリしていたとき、幸太の口から出た言葉が頭から離れないからだ。
――従兄弟の結婚式に出たんだけどさ、やっぱりああいうの、いいよな。
――デキ婚で式も遅れちゃったけど、子供も可愛かった。
結婚。博美には一生縁がない言葉だ。
そして、幸太はそれを望んでいるのでは、と考えた。
だったら、子供が産めない博美と今すぐにでも別れて、女の子と付き合わせてあげるべきではないのだろうか、と。
元々こちらに引きずり込んでしまったという負い目が博美にはあり、申し訳ないと思いつつもズルズルと今まできている。
「博美さん?」
不意に耳たぶにキスをされて背中が跳ねた。
見ると、少し不満そうな幸太の顔が間近にきている。
「何考えてる?」
「え、いや、その……」
迫ってきた幸太の瞳に欲情の色が見え、博美は反射的に身を引いた。
もう完全に大人の体になった幸太は、セックスもすでに覚えている。一から教えたのは博美だが、少々覚えが良すぎて、最近は博美の方が翻弄されてしまうのがくやしい。
「……ん」
逃がすまいと後頭部を引き寄せられ、唇を吸われる。
一度吸っただけで離れた顔は、直前まで考えていたことの後ろめたさに、直視できなかった。
「ねぇ、ここでしていい?」
「……」
こういう時、幸太のことをずるい、と思う。
断れないのを知っているくせに、とびきり優しい声で博美を包むからだ。
「ねぇ、博美さん」
「……明日も、仕事だから……」
素直に観念するのも悔しくて、拗ねたようになっても、幸太は嫌な顔一つせずに微笑んで押し倒してくる。
「ん、優しくする」
今は、今だけは。
結婚と手紙という単語は忘れよう。
博美は両腕を幸太の首に回すと、とろけるような口づけを受け入れた。
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