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第33話
博美の家に帰った二人は、まだ日も高いというのに二人でお風呂に入った。
本当は一人で入りたかった博美だが、なんだかんだと押し切られて、準備も幸太の手で施され、そのまま達してしまったところで我に返り、幸太の肩を叩く。
「もうっ、だから、嫌だって言ったのに……っ」
大体、博美の体は幸太に触れられることに、とことん弱い。そして、こうやって強引に押し切られるのも、本気で嫌がっていないことも、幸太にはばれているのだろう。それが悔しい。
息を切らす博美の額に、幸太は軽くキスをすると、意地悪な笑顔を向ける。
「何が嫌なんだ? いっちゃったから?」
「……っ、ん!」
狭い浴槽の中で、博美の体が震えた。まだ博美の中にあった幸太の指が、敏感な内部を緩やかに刺激する。
「ちょ、ちょっと……っ」
「何?」
博美は指の動きを止めてもらおうと肩を叩くが、絶えずくる快感の波に襲われ、跨いで座っている幸太の太ももを締め付けるだけだ。
「あ、あっ……あっ」
「……博美さん、可愛い」
頭上で幸太の嬉しそうな声が聞こえて、それだけで腰が砕けるかと思った。達したばかりだというのに再び熱くなった中心が、刺激を受けるたびひくひくと震える。
「……こんなもんかな」
「え? あ、んんっ!」
一人納得したような声がしたかと思うと、後ろの指がいきなり抜かれた。
思わず声を上げると、目を細めた幸太が軽くキスをする。続きを上がってしよう、と離れる間際に言われ、いつまでも余裕の幸太に、自分が恥ずかしくなった。
浴室から出て寝室に入ると、エアコンによってちょうどいい室温になっていた。
先にベッドに入っていた幸太が、ベッドヘッドに凭れて座っている。その彼が、下半身は隠しているけれど、真っ裸なことにドギマギした。
「おいで」
いつもの心地いい声で呼ばれ、ふらふらと近寄ると、先ほどと同じように足の上に座らされる。どうやら、幸太はこの体勢が好きらしい。
「何、服着ちゃったの?」
両頬を包んで顔を近づけてくる幸太に、大人しく口付けを受け入れると、彼の体から先ほど使ったボディーソープの香りがする。
(ああ、幸太のにおいだ……)
その香りの中に、幸太の体臭の存在を見つけると、博美はとても安心するのだ。この人は全部信じて良い、任せて良い、と。
「……ん」
深く浅く口付けを交わしているうちに、治まりかけていた熱が再び起き上る。
ふわふわと脳がとろけ、余計な力が抜けて行った。夢中でそれを繰り返していると、苦笑したような声がする。
「博美さん、先進まなくていいの?」
「ん……?」
顔を離され、幸太と目が合う。眼鏡をしていないせいか、少し潤んだ彼の瞳は、博美の顔を捉えると少し細められ、頬から首筋を優しく撫でた。
「そんなに俺のキス、好き?」
「うん……」
とろりとした意識でそう答えると、気を良くしたのか、さらに笑みを深くした。
「じゃ、これは?」
「……っ、ん……」
ゆっくりと焦れるほど指先が体を這い、ゾクゾクする感覚に身を震わせる。
特に首筋と脇腹、腿の内側は博美が感じやすいところであり、幸太は確実に博美を煽っていく。
「や、やだ、幸太……」
「嫌じゃないでしょ? ここも尖ってきた」
幸太が指すのは博美の薄い胸板にある乳首のことだ。そこは特に敏感な場所であり、早く触って欲しいとさえ思ってしまう。
「博美さんのここ、可愛いね。俺が触ったり舐めたりしたらどうなっちゃうかな?」
「ば……っ」
バカ、となじろうとして、博美は息を詰めた。幸太が胸の突起に吸い付いているのを見て、慌てて視界を遮断し、声を抑えるために指を噛む。
ビクビクと勝手に体が震え、それに合わせて後ろもひくついたのが、恥ずかしくて堪らない。
「こら、声抑えちゃったら俺の楽しみがないだろ? せっかく綺麗な指してんのに、噛まないの」
なだめるようにポンポンと背中を叩かれ、博美は詰めていた息をそろそろと吐き出した。
こういう時の幸太は、信じられないくらいいやらしい苛め方をするから困る。嫌だ、とかバカ、とか責めても、全く応えた様子はなく、むしろ嬉しそうにしてさらにちょっかいをかけてくるから厄介だ。
「こ、幸太、お願いだから……」
博美の今までの経験からして、前儀に時間をかけてセックスをするというのはなかった。
だからこちらが感じすぎて疲れてしまうのも、翻弄されているようで悔しいのだ。このままではホントに生殺しで死んでしまう。
「お願い? 言ってごらん」
しかし幸太はそう言いながらも、博美の口をふさいでくる。喋れない、と逃げても、いじわるなことに彼は博美の欲しいところに触れてくるので、期待にまた体を震わせた。
「あっ、幸太、幸太……っ」
「なぁに、博美さん?」
自分ではどうしようもなくなって、悶えて幸太の名前を呼ぶと、余裕のない博美の姿を見て悦んだのか、少し上ずった幸太の声が聞こえる。
(ダメ、いっちゃう、いっちゃうっ)
ふるふると首を横に振ると、幸太は一度愛撫の手を止めた。
「博美さん、ちゃんと自分の欲しいもの言って。何でもしてあげるから、我慢しないで」
そう言った幸太の額に少し汗がにじんでいるのに気付き、博美は「ああ、そうか」と納得する。幸太も博美が望んでいるものを与えたくて我慢しているのだ。
セクシャルマイノリティで悩んだ自分は、望み通りに生きることを諦めていた。
初めて欲しいと思った理想の彼氏も、幸太が察して飛び込んできてくれた。
それは臆病で甘え方を知らない博美のために、幸太が扉を開けてくれたのだ。
(もう十分傷ついてきたんだから、そろそろ思い通りに生きても良いんじゃないか)
あの言葉は、こういうことから始まるのだ、と博美は気付く。
こういう場面で、幸太が必要以上に博美を苛めるのは、ずっと博美の要求を待っていたからなのかもしれない。
(なのに俺は嫌、ダメしか言えなくて……)
どうしてこの彼氏はここまで先回りして、至れり尽くせりなんだろう、と思ったら、嬉しくて目頭が熱くなった。
「あーあ、泣かせちゃったな」
鼻をすすった博美に気付いて、幸太は大きな手のひらで涙をぐいぐい拭ってくれる。
「ごめん、やりすぎたか?」
「ち、ちがうっ、……うーっ」
しかし一度決壊した涙腺はなかなか落ち着いてはくれず、ぼろぼろと泣く博美に、幸太は軽く優しい口づけを何度か顔に落とす。
「頼むから泣き止んでよ、ね?」
困ったような幸太の声がして、しまいには子供の様に頭を撫でられ、恥ずかしくなった。
散々人のことを苛めておいて、泣かれることには弱いらしい。
「幸太……」
「なに?」
涙が溜まった瞳で見つめると、幸太も優しい瞳で返してくる。出会った頃は苦手だと思っていた視線も、今は独占できることが嬉しい。
「好き……」
博美は自ら幸太の唇にキスをすると、珍しく彼は息を詰めた。
彼らしくない慌てた様子に、自らの中心を掴んだ幸太を見ると、やはり珍しく耳を赤く染めた幸太が悶えている。
「……幸太?」
「……やっぱ泣かせてやる」
「え? ちょ、や……っ、あああっ!」
低く呻いたかと思ったら、幸太は博美の薄い尻を持ち上げ、自らの楔を押し込んだ。
あまりの圧迫感に博美は叫び、視界が一瞬白くなる。クラクラする頭で結合部を覗くと、しっかりと幸太のものが埋め込まれていて、その景色の卑猥さにゾクゾクした。
「あっ、あっ、いきなり……傷ついたらどうすんのっ」
「風呂で十分ほぐしてやっただろ? 今のは博美さんが悪い」
「な、何で……っ?」
幸太の態度の変化が自分のせいだと言われ、何の事だか分からないうちにむさぼるようなキスをされた。同時に胸の突起も摘ままれ、捏ねられ、押しつぶされると、幸太を食んだ場所が複雑に動く。
それに触発されたのか、幸太は一定のリズムで腰を小刻みに動かし、博美の中の敏感な個所を擦った。
「ひぁ……っ、あっ、んん……っ」
脳天まで突き抜けるような刺激が走り、キスどころじゃなく天井を仰ぐと、満足そうな声がする。
「博美さんの中、すっごい動いてるよ? もしかして、いっちゃってるの?」
博美はまともに声が出せないまま、首を横に振る。幸太と付き合うようになってから、射精を伴わないドライオーガズムを得られるようになったのは、つい最近のことだ。
「博美さん、嘘はダメ。俺のこと、こんなにきつく締め付けてるのに」
幸太の意地悪なセリフは、甘く博美の体に響いて、それだけで悶えさせる。
だんだん早くなるストロークに、博美はただただ夢中になって快感をむさぼるだけだ。
しかし、今日は何かが違った。博美の下半身に、いつもは見られない兆候があったのだ。
「あ……っ、幸太っ、嫌だ、何か変……っ!」
最初は博美も射精の前兆かと思っていた。しかし、それには至らずに震えていた博美の中心は、先端から体液を溢れさせている。
博美はそれを止めようと力を込めたが、逆に幸太を締め付ける結果に終わり、その上体液の出る勢いは増すばかりだ。
「幸太、嫌だ、止めてよ……っ!」
博美の変化に気付いた幸太が、それを眺めてニヤニヤする。
「ホントにいっちゃってんだ……ああ、博美さん、漏らしてるみたいでいやらしいな」
「……っ!!」
「ついでに言うと、こういうこと言われるの、嫌じゃないでしょ?」
幸太は博美の腰を持ち上げると、下から思い切り突き上げてきた。
「あああっ!!」
あまりの衝撃に目がチカチカして、幸太の肩に凭れる。しかし、幸太も限界が近いらしく、容赦なく肉がぶつかる音を響かせた。
「……っ」
ほんの少し、意識を失っていたのかもしれない。気付いたら、幸太も達して息を乱しつつ、博美の背中をゆっくりと撫でていた。
凭れていた体を起こすと、申し訳なさそうな幸太の顔とぶつかる。
「……やりすぎた?」
「当たり前だよっ!」
博美は彼の肩を叩くと、ごめんごめん、と頭を撫でてきた。
「あはは、そんなの、可愛い博美さんが悪い」
「かわ……」
恥ずかしいセリフを言われ、固まった博美の鼻に、幸太は噛みついた。
目の前の賢い瞳は、愛情に溢れていて、自分はどうしてこの瞳を遠ざけようと思ったのか、反省した。
二人はしばらく軽く触れ合い、キスをし、繋がった体を解く。
体が離れるのは少し寂しいと思っていたら、我ながら女々しいな、と苦笑した。
その後、博美は案の定動けなくなり、幸太が甲斐甲斐しく、というか嬉しそうに後始末をしてくれて、夕飯の時間になるまで二人でベッドの上で過ごした。
「あのさ……」
博美の指に触れて遊んでいた幸太が、珍しく緊張したように呟く。
「今度、俺の家に来て。紹介すっから」
「……いいの?」
「いいのって、博美さんこそ大丈夫か? あ、いや、これは言い訳にしかならんか……」
やはり少し緊張しているらしい。博美の指をピースの形に折ると、手首を持ち上げ、意味もなく左右に振る。
「なに?」
「俺もな、それなりに独占欲があるわけだ。で、うちの家族は美人に弱い。下手したら親は博美さんを息子にしよう、なんて言い出すかもしれない。家族に憧れてるなら、親は欲しいと思うだろ? だから……」
本当に珍しく、幸太が要領を得ない話をするのは初めてだ。
「俺とパートナーになるなら、博美さんが俺の親父ってことになる。この間は勢いでプロポーズしたけど、博美さん的に……」
「らしくないよ? 幸太」
博美は手首を握っている幸太の手に、反対の手を重ねた。動きを止めた幸太は、次に長々と息を吐く。彼が何を気にしているのか、全く見当がつかないが、なかなか口にしないところを見ると、幸太自身のことだろう。
「……ホントは家になんか連れて行きたくないんだよ」
だけど両親があまりにもしつこくて、と根負けしてしまったらしい。いつ来るのかと毎日のように聞かれて、博美の家族へ挨拶に行ったら、と約束してしまったそうだ。
「このまましらばっくれるのも手だろうけど、そうしたら、この家まで乗り込んで来そうだからな」
落ち着いた幸太からは想像もできない家族だ。博美は軽く同情すると、もしかして、出会った時に中途半端な期間塾にいたのは、それのせいなのかも、と思う。そしてそれは、多分外れてはいないだろう。そして本音は、さらっと言った独占欲云々のようだ。
「うん、俺、どこまでも付いて行くよ」
時々分かりにくく照れる幸太に博美も嬉しくなってそう言うと、幸太は小さな声で「サンキュ」と応えた。
(坂田博美編 終)
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