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第1話 パンデミック
「…お疲れ様です」
「んー、ありがと~健太君!」
「下で呼ぶなと言ってるでしょうが…」
いつも通りの会話、いつも通りの送迎係。
ただ一つだけ違うことといえば──。
今日健太君の車から流れるのは、ジャズじゃなくてラジオだ。
「最近αのお客さんめっきり減ったね~」
「……でしょうね」
「うん。やっぱαでも怖いもんは怖いよねぇ、こんなご時世」
「…っすね」
車内は俺と、健太君の二人きり。
程よく効いた冷房の中、ラジオは淡々とニュースを読み上げる。
『本日の都内の感染者数は…人に上り、これは〇日以来の……で…』
───パンデミック。
人々は謎の流行病を、いつしかそう呼ぶようになった。
不思議な事に、ウイルスへの耐性を持っていないのは3つの性別の中でαだけというのだから驚きだ。
感染経路も、感染源も不明。
わかっているのは、日本だけじゃなく世界中で大流行しているという事。
そして不確かな夢物語を除いては、治療法すらも見つかっていないという事。
『急に手足が冷たくなる感覚や、それに似た違和感を感じればすぐにお近くの保健所または──…』
「ま、Ωの俺とβの健太君には関係ない話だよね~っ」
「っ、おい仕事終わりは近寄んなって言って………ますよね」
「あ~!素が出た素が出た~!」
α、β層をターゲットにした完全会員制のウリ専。
それがウチだ。
この伝染病のお陰で、以前は毎日のように足を運んでくれた役職持ちαも、忙しい合間を縫って会いに来るαを身内に持つβも、皆家で恐怖に震えているそうな。
正直生活が苦しいのが本音。
経済の動き、そして流行病…そんなものにわかりやすく左右されるのがこの業界だ。
…風邪でもないのに外出ただけで伝染るかっての。
どーせ死ぬなら感染する前に気持ちいい事しときゃいいのに。
「……アリスさん。次、1時間後にロングの予約入ってるから」
「はいはーい」
「…じゃ」
扉を閉めれば、黒のセダンはさっさと何処かへ行ってしまう。
俺のオキニの健太くんは、普段は寡黙でクールなのに
ああやってたまに素が出るのが面白いんだ。
…キャストと黒服がそういう関係になるのはタブー。そもそも健太くんはβ。
もし、別の出会い方をしていたら
───なんて思ったところで、可能性もないわけで。
…だから無理なら無理なりに
仲良くいたいなーなんて。
俺がこの店にい続ける理由も、そんな小さな楽しみが大きいからだったりする。
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