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第2話 愛に狂うα
「あっ、ぅン!はげし……イっ、ちゃう──ッ!」
見慣れた天井と、聴き飽きたオルゴール調のBGM。何度照らされても眩しいシャンデリアはもう少し優しい色味にならないだろうか。
「あ〜、本当アリスちゃん搾り取るよなァ。…堪んねえ」
「はぁ……っ、ふふ。でもこれくらいでなきゃ…足りないっしょ?」
このお客さんは俺の一番の太客だ。
予約が入ったって聞いた時点で覚悟はしてたけど…
この人のロングコースはマジ地獄。
数本こなした後だとなぁ…やっぱり体力を奪われる。
まだまだ勢いの衰えない客の竿を、指でするりと撫でながら息を吐いた。
まあ、客の期待に応えるのが俺の仕事だし、それが出来たから今も俺の生活はそこそこ恵まれているんだ。
言ってしまえば肉体労働と変わりない。ちょっと使う所が違うだけ。
「なぁアリスちゃん」
「んぅ?」
わざとらしいぶりっ子返事はお手の物。
「……俺の事愛してっか?」
「もちろんだよ?どぉちたのっ」
潤んだ瞳、上目遣い。ふざけたくらいの態度でいるのが丁度良い。彼の好みは心得ている。
「……ったら…くれよ…っ」
「え?なに────っ、いた!」
先程まで優しく包み込んでくれていた腕は消え、代わりに筋の浮き出た掌が俺の自慢の金髪を掴み上げた。
巷で騒がれるパンデミック。その病にかかった者の生存率は絶望的。
だがほんのひと握りの生存者は口々にこう言うんだ。
“愛するΩの涙に生かされた”
「んぐ、ぁ……くっ、るし……っ」
αの男に本気で押さえつけられたら、俺一人では正直敵う訳がない。恐ろしさから身体は強張り、抵抗すらも不可能だった。
ギリギリと首を締め付ける太い指は次第に気道をも塞ぎ、生理的な涙がいくつも頬を流れる。顔が、頭が、熱い。息が……出来ない。
と、その時だ。
「涙だ……涙、涙……ははははは、俺は生きるんだ…はは…」
男はまるで何かに取り憑かれたみたいな闇色の目でそう呟くと、すぐに首から手を離し、頬にこぼれた涙を掬う。
…なんだよ、こいつ。
今までこんな危険な事、絶対にしてこなかったのに……。
完全に正気を失った男の不気味な行動に耐え切れず、薄気味悪い笑い声を上げながら顔や身体に俺の涙を拭いつけている隙を狙い、慌ててフロントへ助けを求めたのだった。
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