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第3話 少しの違和感

「……早かったですね」 「あんなキチガイの相手できないもん俺〜っ!」 足をバタつかせても、どっしり構えた立派なセダンはビクともしない。それは、俺の心を宥めてくれる健太君と重なった。 「……何があったんです」 さっきまでのうるさいくらい乱れた心拍も、こうして健太君と話していれば徐々に落ち着いてくるもので。 「あれ、あるじゃんあの噂。Ωの涙がってやつ」 「ああ、ありましたねそんなん」 「あの人…多分だけど、感染してた」 「…え?」 珍しく驚いた顔をする健太君が少し不思議だった。 いつもなら、そうですかーって適当に返事をするであろう世間話と何ら変わりない気持ちで持ち掛けた話題だ。 ここまで感染が拡大している今更、驚く程のことでもないのに。やっぱり健太君はよくわからない。 「あー…、そういえばさ。健太君のお父さん、確かαだったよね?」 「だから名前……。そうですけど」 「…心配だね」 「黒服の親の心配までどうも。…流石ウチのエースですね」 ドアまで開けてくれてまで後部座席に案内されても、毎回俺がひじ掛けを渡って助手席に移動していた努力が報われて…というか、呆れられて?いつの間にか許されるようになった健太君の隣。 健太君や他の黒服には絶対に言えないけど、俺が助手席に座るのは健太君が送迎の時だけなんだよ。 健太君のことはそれくらい大切。 だから、健太君を生んでくれたご両親も同じように大切なんだ。 健太君は俺のそんな気持ちなんか、わからなくたっていい。 少しだけ寂しいこの気持ちは胸の奥に仕舞っておく。 信号が赤になったタイミングで、いつものように健太君に抱き着いた。 今日の健太君はやっぱり何処か違和感があって、それを確信に変えるみたいに抵抗しない。 「あれ~珍しい!もしかして俺に惚れちゃった?」 「はぁ…なわけ。無駄に体力消耗すんのが面倒なだけですよ」 「あ~またそういうこと言う~っ」 健太君の“面倒”が俺にとってどれだけ嬉しい事なのか、きっと健太君は知らない。というか、知られていたら困る。 だけど今だけ、この時間だけ。 それを許してもらえるのならそれでいい。 助手席に座り続けていれば、それを咎められなくなる。エースで居続ければ、健太君が褒めてくれる。 しつこく抱き着いていれば、抵抗されなくなる。 仕事に私情を持ち込むのはいけないことだと知っているけれど、毎日沢山の人を相手している中で、健太君だけは大勢のうちの一人ではない特別なんだ。 心の支えなんだ。

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