「さ、着きましたよ～。 次の方はβなんで大丈夫だと思いますけど、もしヤバいと思ったらすぐフロントか店に電話くださいね！いいですか？」 「わかったわかったって～。もう、心配性だなあ」 α客が用意する高級ホテルではなく一般的なそこに到着し、車を降りる。 店側に俺からは何も言っていないというのに、ここまで彼に心配されるとなると考えられる理由は一つしか見当たらない。 きっと、健太君があの後しっかり報告してくれたのだろう。 店長だけでなく、黒服にまで情報を回してくれている。そういうところが本当優しいし、どこまでもデキる男って感じするんだよなあ。 だから俺は健太君の事が──。 「そりゃ心配しますって。 ……アイツもきっと、そうします」 俺とは反対の方向を見て、黒服君は小さく呟く。だが、外装だけは見栄を張った派手な噴水のせいで上手く聞き取る事が出来なかった。 「ん？最後何か言った？ごめん聞こえなかった！」 「あっ、いえ何でも！行ってらしゃい」 「んっ、行ってきま～す！」 扉を閉めようとしたタイミングで、あの子は何を言っていたのか。 少し気がかりではあるものの、急がなければもう予約の時間がぎりぎりで。 いつもなら車内から俺を見る黒服君に手を振ってから行くのだが、大通りでハマった事故渋滞の影響をモロに受け、今日ばかりはそうする時間もなかった。 ごめんね黒服君！ 心の中で手を合わせ、自動扉の向こうへと足を踏み入れる。 「…っうっ、健太ぁ…僕うまく出来る自信ねぇよぉ……っ」 一人きりの車の中、ぽつりと黒服が呟いたか細い弱音は、誰にも届くことなく消えたのであった。