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第5話 冷血な温度
翌日、俺を襲ったあの客は流行病の感染者だったと知らせを受けた。
今後α客の予約が入った時は、検温や簡単な検査キットの実施が義務付けられるらしい。
まあ大体予想はついていたから、特に驚きもしない。
もとから体温の高い人だなんてイメージは無かったが、熱めの湯船に浸かっても、好き勝手腰を振り興奮していても、一向に俺の体温と馴染まない冷え切った手は少し気持ちが悪かった。
…健太君の車で流れていたラジオが言っていたのはその事か。
「おはようございます!早出って珍しいですね、アリスさん」
「うんおはよ~、お客さんがこの時間しか空いてないって言うからさぁ」
今日はいつもと違う時間。残念ながら送迎は健太君じゃないらしい。
折角香水変えてみたんだけどなぁ。
「にしてもアリスさん、こんな時でも予約でいっぱいなんて流石ですね~」
「へへ、まぁ俺α以外のお客さんもいるからねーっ」
「すごいっすよ!他の子なんてもうお茶引く子続出で店長も頭抱えちゃって~…ってか香水変えました?新鮮でいいっすね~」
「あははっ。ありがとー!」
褒め上手で聞き上手、元気で健気でΩの俺にも優しい子。健太君と同じく彼も歴が長いので、何度か話した事はある。
全然苦手とかじゃないし、むしろ好きか嫌いかと聞かれれば迷わず好きだと答えられるような子。
でも健太君とは違った。
この子に褒められるのと、健太君に褒められるのとでは嬉しさは1億倍違うし、1本目の迎えが健太君じゃないとその日のモチベは上がらない。
勿論、それだけでお客さんを悲しませるような対応は絶対にしないのだけど。
「今日ってさ、健太君出勤?」
「健太君…ああ、山田ですか?」
「そうそう山田君!」
いつも思うけど“山田健太”って…めちゃくちゃ量産的過ぎる名前に笑っちゃいそうになる。逆にレア。
健太君はいつも遅番だから、今夜入るとしても20時過ぎかな。
もしかして送迎は本業ではなく、別に何か仕事をしていたりするんだろうか。……そんなにお金が必要なら、俺が養ってあげるのに。
なんてね。
「山田なら…ちょっと体調崩したみたいで今日は休みって聞いてますよ」
「え、体調?昨日送ってもらったとき普通だったのに!」
「まあね~、澄ました顔で無理しそうな性格してるんですよアイツ~」
「あはっ、確かに!わかる~!」
健太君以外まともに名前を覚える気がなくて、こんな風に砕けた口調で話してはいるが、実はこの子の苗字すら知らない。
健太君と一番打ち解けている同業者が恐らく彼だ。この子と仲良くなっておけば、俺が知らない健太君の事も知れたりするかもしれない。
だって健太君自分から何も言わないし~。聞いた所で答えてくれるような人じゃないんだもん。
堅物すぎでしょ。絶対モテない。
顔はいいのに。
…モテてもらっちゃ俺が困るんだけど。
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