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第9話 said.Y

「なあ健太、お前怖くないのかよ…。この仕事、αの相手してくる子だって沢山いるんだぞ?」 「あー…まあ空気感染するってわけでもなさそうだし」 「だからってさ~…」 事務所で偶然健太と2人になった時。そんな話をしたことがある。 僕と違って健太はすぐに無理をするし、その無理を誰にも悟らせないよう振る舞うのがうまい。 この職場で健太の秘密を知っているのは僕と、それから店長しかいないから。それなら僕が、健太を気にして見ていないといけない。そう思っていた。 まあそんな事を言ってはいても、健太自身気にしているのはどうやら本当のようだ。 埃を被った小さなテレビをつけては、パンデミック関連のニュースを食い入るように眺めているのだから。 彼は大切な僕の友人だ。心配せずにはいられない。 「さっきな、僕アリスさん送ってきたんだよ。本当あの子美人だし元気になるよな!いい匂いもするし、僕まで元気をもらえるような気がする」 少しでも健太の中に渦巻いている不安を取り除いてやりたくて、そんな話題を持ち掛けてみた。 すると健太は珍しく表情を変えて、その…なんというか、ちょっと機嫌の悪そうな顔になった。 健太との付き合いはかなり長いわけだが、これまでにコロコロと顔色を変える彼を見た事など一度もなくて不思議に思う。 正直こんなに一緒にいても、健太のことは未だによくわからない。 ミステリアスってこういう奴のことを言うのだろう、とか思ったり。 「…あの人パーソナルスペースっての?そういうの皆無だもんな」 「…そうか?別に話しやすい子だとは思うけど距離感とかは普通じゃないか?」 僕の言葉にちょっとびっくり顔になったのも謎。 学力だってΩのクラスメイトにすら敵わなかった僕の頭では、健太が何を考えているかなんてわかったもんじゃない。 謎が多すぎて、どうして僕と仲良くしてくれているのかも正直よくわからない。 「……後部座席?」 「そりゃそうだろ」 「……何て呼ばれる?」 「呼ばれた事はないかもな。むしろ、僕の名前なんてアリスさんは知らないんじゃないか?」 意味不明な健太に首を傾げていたその時、健太の携帯へ電話が入る。 ちらりと覗き見れば、相手は店長だった。 淡々と会話をしているが、その表情は“顔面蒼白”という言葉が最も似合うような気がして。 今日は本当に珍しく、立て続けに健太の表情が変わる。当時の僕は、そんな呑気な事を考えていた。 「ごめん山内、送迎入ったから行ってくる!」 「お、お~。気をつけてな!」 アリスさんを指名したα客が奇怪な行動をとった、あの日の夜だ。

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