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第15話 堅物αとウリ専Ω
「…健太君、俺のうなじ噛んでもいいよ」
「なっ…?!仕事……どうするんすか」
「別にいくらでもあるよー、働けるところなんて。
…それとも健太君は、ウリ専やってる俺にしか興味ないわけ?」
「~~あーもうっ」
あれから1か月。
健太君は生き延びた。
過度の栄養失調で、何日かは入院していたけれど。
その後の回復力は流石はαといったところで、今日から職場にも復帰している。
仕事を終え、久しぶりに座った助手席。健太君の安全すぎる運転は、やっぱり心がやすらぐ。
少し欠けた月を眺め、健太君の左手に触れた。
「月が綺麗だね」
「……それ、意味知ってます?」
「ん?」
「いや……何でもないです」
その手は抵抗しない代わりに、優しく俺を包み込む。
健太君の手、本当はすごく温かくて気持ち良いんだね。
…と、ふわふわした頭でふと辺りを見れば、車は店にも俺の家にも向かわず、知らない道を走っていた。
「え、ちょ……健太君、ここどこ?!」
「……あー。今夜俺ん家泊まりません?」
信号で停止した車からは、小さな音で聴き慣れたジャズが流れる。
完全に思考が停止した俺とは対照的に、健太くんは今日も澄まし顔で前を向いたまま。
「あっ……あ、ぇ…………?」
ドカンと顔に熱が溜まるのが自分でわかった。
目の前の信号に負けないくらい、多分俺、今真っ赤っかだ。
どうしてくれるんだ、健太くんのバカ。
「…あんたが黙ってると気まずいんですけど。」
「っ、だ…だって!」
その時、俺の襟足を手繰るように引き寄せられる。
露わになった首元を見つめる健太君の獣みたいな瞳に、思わず目が離せなくなった。
──あぁ。俺は多分、
ずっと誰かに必要とされたかったんだ。
だからこの仕事を選んだ。
表ではΩを嫌うαでも、誰にも見られない密室では
本能的に俺を求めてくれるから。
それはなにもαに限ったことじゃない。βでも、誰でもそうなんだ。
俺を抱くために金を払って、好きなだけ俺に欲をぶつける。
売り上げという形になるそれが、俺の承認欲を満たしてくれていた。
陰と陽ならばまず間違いなく陰と呼ばれる職業でも、誰かに認めてもらえたような気がして。俺にとってはかけがえのない居場所だった。
健太君と出会い、健太君と話すのが何よりもの楽しみに変わるまでは。
健太君を助け、価値のある生き方ではなく生きる意味を見つけるまでは。
自己満足の承認欲。そんな拗れてしまった俺の生き方を、健太君はその存在一つで変えてくれた。
好きな人に求めてもらえるなんて、俺には夢のそのまた夢だと思っていた。
こんな世界で、それもこんな俺が、今まで以上に更に希少になったαの隣にいられるだなんて。
一体誰が想像しただろう。
「…なぁ、アリスさんは……本当に俺でいいのかよ」
欲にまみれた瞳でよく言うよ。
…手放すつもりなんて、これっぽっちもない癖に。
「命救えるくらいには愛してるんだし、よくない?」
全部、健太君のお陰なんだよ。
健太君、愛してる。
「…ッ!」
「…っあ゛、お!青になったからっ」
健太君の熱い吐息が首元に触れた瞬間、全身を凄まじい勢いで駆け抜ける“何か”を感じた。
「…い、今は……やだ…事故る!」
「今は?」
「…ちゃ、ちゃんと健太君の家に着いてから──…」
アクセルを踏み込む直前、俺を惑わす香りが増して
どうにも我慢ならなくなって、健太君の唇に触れるだけのキスをした。
「……くっそ。あと10分…いや、8……?」
信号機なんて通り過ぎてもなお赤く染まる健太君の頬に、笑いをこらえたのは秘密。
ぶつぶつ独り言を言う大切な人の隣で、儚く輝く月の光を感じた。
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