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第14話 Vanilla

「健太君!」 俺は、咄嗟に健太君の熱を失った手を握った。 大粒の涙は手の甲を濡らし、腕を伝って健太君の身体に流れる。 驚く事に、涙が落ちた部位から広がるように身体は 徐々に温もりを取り戻していった。 その時、ふと脳裏にあの噂がよぎる。 “愛するΩの涙に生かされた。” その意味が、どんなものなのかなんて知らない。 俺が愛していればそれで良いのか、互いに愛し合っていないと効果はないのか。そんなのわからない。 でも、考えている暇なんかない。 健太君の薬になるものは、今この状況下、可能性があるのは俺の涙しかない。 それなら───っ。 「健太君、お願い……目ぇ開けて、健太君っ!」 健太君の全身に、俺の声を、祈りを、涙を注いだ。俺なんて枯れても良いと思った。 奇跡が起きるなら、健太君が目を覚ましてくれるなら、俺の心も涙も何もかも、一生分を健太君にあげるから。 「……、リスさ…ぁんで…?」 「う、ぁ……けんたく…健太君………」 俺の泣き声に掻き消されそうになりながら、掠れていながらも聞き覚えのある、懐かしさすら感じる囁きは更に目を熱くさせた。 久しぶりに聞いた愛しい声。 久しぶりに交わった愛しい瞳。 久しぶりに彼から伸ばされた、愛しい手のひら。 健太君、俺ね。 「…愛してるんだよ、健太君のこと……」 「…んっとに………あんたはッ…」 俺達は、強く抱き締めあった。 途中で足音が聞こえたから、恐らく山内君も駆けつけてくれたんだろう。 ダメなのに。秘密にしなきゃなのに。 思い切り同業者にバレるような事をして、馬鹿だよなあ、俺も健太君も。 山内君にまた秘密…作らせたりして。 初めて健太君の腕に包まれた感触は、骨ばかりが当たって細すぎて少し痛くて、あまり気持ちが良いとは言えなかった。 だけどもう一度この温もりに触れられた。もう一度俺を見てくれた。 恐らく誰も見た事のないであろう、健太君の情けない泣きっ面を見られた事は嬉しくて。 もう何でもいいや とか、思って。 「……うん、アリスさんにはやっぱ…」 「…へ?」 「バニラの香りが…よく似合う」 「………でしょ?」 優しく微笑む乾燥しきった唇に、とびきりの気持ちを丸ごと全部詰め込んで 自分のそれを重ねた。

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