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#4

静まり返った2人きりの空間で、俺達はしばらく互いの目を見続けた。睨み合っていると言った方が正しいかもしれない。 それくらいの、張りつめた空気だ。 「…もう一度言ってみろ」 「……アリスさんと番になりました」 目は離さない。 声が震えないよう、腹に力を入れてゆっくりと答えた。 「Ωが大半を占めるウチで、βとして働きたい。 自分が取り乱すことは無い。面接でそう言ったろ。自分で言った事も忘れたのか」 「…覚えています」 「だったら何だ。エースのフェロモンに当てられて頭がバカになったとでも?」 「……そうでは、なくて」 「ならどうしたってんだ!お前アリスがいくら稼いでるか知ってんのか!……お前が野垂れ死にそうになっていた時も、この店繋いだのは他でもないアリスなんだぞ!」 勿論、わかっている。 いくら詳細までを知らないとはいえ、アリスさんがどれだけの客から求められ、どれだけ身体を駆使してきたか。 専属でもないのに毎日、それも何度もアリスさんを乗せてそこかしこに足を運んでいる身なのだから、予想なんて簡単につく。 店長の言っている事はもっともだった。 「今、自分が生きているのはアリスさんのお陰です。 あの噂が本当なのか、たまたま俺が免疫を持っていたのかはわかりませんが……、少なくとも俺はアリスさんを愛していたんです」 あの事件があって、身をもって知ったアリスさんへの大き過ぎる気持ち。 送迎の度に仕事だと割り切った振りをして押し殺してきた、窮屈さや悔しさを入り混ぜた感情。 それがアリスさんの手によって快楽を得るであろう客への嫉妬だと気がついたのもまた、つい最近の事だ。 「百歩譲ってアリスの引退は認めるとして、この先お前はどうするつもりだ。…考え無しに番ったなんてお前らしくないよなぁ?」 本能だの、運命だの、そんな言葉にすれば軽々しい言い訳が通用しない事は心得ている。 それもβの店長からしてみれば、身体の全てでアリスさんを欲するような、遺伝子レベルで惹かれ合う‪α‬とΩの繋がりなど…それこそ御伽噺である他ない。 頭の弱い人間だと見限られて終わりだ。 だったら。 「…今日限りで俺を解雇──…」 「おーいおい勘弁してくれよ。お前一人の給料でアリスの稼ぎ賄えると思ってんのか?この世界を甘く見てんじゃねえぞ」 「っ、」 食い気味で返されたその言葉にぐうの音も出ない。 何十万、何百万をも一月に売り上げる不動のエース。 アリスさんを数値化するのは気が引けるが、それだけの価値のある存在だったんだ。 たかが黒服の俺1人では、到底庇いきれる損失ではないという事。 「……れが…………ります…。」 「聞こえねぇなあ?」 「俺がそっち側に…移ります。αが入ったともなれば、物好きも……出てくる、でしょうし…」 自棄とはこういう事を言うんだろう。 震える手、足、声。その全てを隠す事はもう不可能だった。 「……言ったな」 それでも、俺はアリスさんを愛した。 愛している。 彼を愛した故の苦しみならば、きっとそれすら愛おしいと そう思える日がいつか、きっと。

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