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#14
「この間言っていた彼とは、上手くいっているのかな?」
「うんっ!職場の人にも言ってないんだけど実はね……?」
俺はアキさんだけに見えるよう、1番上のボタンを外し、襟首を広げて見せた。
「!…それは───」
「へへっ、俺ももうすぐヒトヅマってやつ?」
辞めるからと言って夢を壊すのは良くないだろうか、と思いながらも
健太くんの事をどうしても誰かに話したくて、仕方なくて。
そんな俺の話を聞いて、
エールを送ってくれたのがアキさんだった。
連絡先の交換なんて一切禁じられていた中で、
こうしてまた巡り会えたのは素直に嬉しい。
「アリスが幸せになってくれるのは、すごく嬉しいよ。よかったなぁ」
「ありがと!俺、アキさんにまた会えて嬉しい。
こうやって報告できるのも、よかったなって言ってもらえるのも、ほんとに嬉しい」
今日は香水こそ忘れてしまったけれど
別の形で元気を貰えてあと数時間なんか余裕でこなせそうな勢い。
俺が作ったまだ少し不格好なたこ焼きを摘むアキさんに、
自然と笑顔が零れた。
「……そういえばね、ついさっきまでアリスがいた所の子にお世話になっていたんだよ」
照れくさそうに突然そんなことを言い出すものだから、
思わず吹き出した……拍子に
漆黒の塊が鼻の奥に入って猛烈な痛みを堪える。
「ふっ、はは!アリスすごい顔だぞ、はははっ」
「んな、急に何言うかと……ズビッ思ったらさぁ…、アキさんサイッコー…っ、ブビッ!」
よし、取れた取れた。
「はー…、いやぁすまない。そんなに驚かれるとは思わなくてな」
ウェットティッシュを差し出され、
自分から出たとは思えない小恥ずかしい音を思い出して苦笑した。
今までアキさんとはもっと恥ずかしいことしてたって言うのに、
逆にこういうのは慣れなくて
ちょっと顔が熱くなってしまう。
「で、どうだったのー?いい子見つけた?」
アキさんは、少し考える素振りを見せると
何かを思い出すかのように、懐かしそうに、目を細めた。
「そうだね…。アリスが辞めた後に入ったというαの子が居てね」
「へ?!αが?!」
「そうなんだよ。びっくりだろう?」
そりゃびっくりするに決まってる。
何年もあの店でやってきたけど、
それまでにたったの1度も…
系列含めても1度たりともαのキャストなんて入ったことは無かったのに……。
ノンケのβの子、とか
それこそΩでも女の子を好きで、
お金の為に仕方なくとか
そういう子なら何人か見た事はあったけど…。
よっぽど綺麗…とか、
かなり性癖が特殊なαだったとか?
「店長、趣向でも変えたのかな?」
そもそもαの性格上、組み敷かれるなんて事
好むわけがないだろうに。
耐え難いだろうに。
「さぁ…どうだろうね。
でも────」
「…でも?」
「…何か特別な理由があると見えたから、
勿論彼の心身を尊重しつつも…応援してあげたくなってしまった」
「へへへ、何それ〜。
ほんっとアキさんってそう言う所あるよねー」
“有栖、そろそろ戻れるか?”
「あ、はいっ!すぐ戻ります!」
耳元で聞こえたリーダーの声に、
思った以上に時間が経っていたことに気が付いた。
何となく、その…新しい子が気になるけれど
入ったばかりの職場で迷惑はかけられない。
「おっと……そろそろ時間かな?」
「ん、ごめんねーアキさん!
俺結構出てるから、またよかったら買いに来てよ」
「勿論だよ。アリスが頑張っている姿を見たいからね」
早々に席を立ち、アキさんに手を振り厨房へと急いだ。
この時、俺は何も知らなかったんだ。
俺という存在が、
こんなにも誰かを苦しめていることに。
俺の知らないところで、
今日も残酷に苦痛を強いられる存在が居ることに。
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