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#13

新しい職場は、これまでに経験のない事ばかりで 俺が思っていた以上に俺の身体は疲れ切っていた。 意外と厚いマニュアルを読んで何とか形くらいはこなせるようになったのも最近。 前の店を辞めると店長に伝えて1ヶ月も経たない頃だろうか。 健太君に俺の全てを捧げると心に決めた先、 ようやく見つけた俺でも力になれそうな職場だった。 「有栖!ごめん、ちょっとレジ出れるか?」 「はーい!」 けれど、ふと力が抜けそうになった時 仄かに香るバニラの香水が、俺をもう一度元気づけてくれる。 …て、そういえば今日付けるの忘れてた! っていうか、多分俺あのまま健太君の家に忘れてきた気がする…。 健太君に後で連絡しておかないと。 「お待たせしました~!!ご注文お伺いし───…あ!!」 「え?もしかして……アリスなのか?」 昨日といい今日といい、偶然とは重なるもので。 たまたま買い物に来ていたのは俺をもう何年もの間指名し続けてくれていた中年男性だった。 特に聞いた事もないけれど、 Ωの俺を相手にしながら思いやりを持った抱き方をしてくれていたから恐らく番の居るα。 感染防止を謳う本社の決まりで、 俺では大きすぎるマスクをしていたのに それでも一目でわかってくれるほど、ずっと来てくれていた人。 「久しぶりだ!アキさん!すっごい偶然!」 「本当だね。まさかこんな形で会えるなんてなぁ」 「俺も驚いたよ~。半年ぶりくらい?」 「はは、本当によく覚えているんだね」 注文を取りつつも世間話に花が咲く。 なんだかんだで優しい俺の世話係のシフトリーダーは、 そんな俺たちの事を察してくれたのか、 会計を終え次第休憩に入って良いとインカムから指示が来た。 「アリスのそれはなんだい?」 「ん~?俺のはキャラメルミルクティー!勿論タピオカは増量!」 「ははは、残らないように上手に飲むもんだなあ」 「ふっふっふ~、これにはコツがあるんだよ~?」 俺があの店で働いていたころも、 アキさんは行為自体よりも俺との会話を楽しみに来てくれている感じで すごく楽しかった記憶がある。 それにあくまでも店を通して相応の金額を支払って俺に会いに来てくれる、 絶対にプライベートなんかを詮索しない紳士的で素敵な人。 俺もそれなりに人は選ぶ方だから、 自分にとって危険だと感じる客は一線を引いて対応するが、 アキさんに関してはそういうのは一切なかった。 むしろ、店を辞める事や普段の生活で起きた不満なんかも相談してしまう、 例えるなら父親のような感覚で接して来た。

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