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#12
「君、最近入ったんだよね。流石αだ。
綺麗な顔立ちをしているんだねえ」
「っはは。ありがとうございます」
今しがた行為を終え、全身に残る痛みと倦怠感を必死に隠して笑顔を作る。
何が綺麗だ。
人の事…散々痛めつけやがって。
何度も苦痛を耐え抜き、このαとの時間が終われば今日の勤めは終了だ。
やっと解放される。
家に帰れる。
そう思えば、少なくともこれの前の相手をした時よりは気持ちが軽かった。
「ねぇ君……」
「はい?」
「少し前まで君のお店で働いていたアリスっていう子…知っているかい?」
…あぁ、なんだ。
こいつ、元々はアリスさんの客だったのか。
「……名前だけは、聞いたことありますよ。
自分が入った時にはもう居なかったので」
相手がアリスさんを知っているのなら尚更
悟られてはいけない。
アリスさんを守らないと。
すると、αでありながら眉を下げる弱々しい表情になったその男は
俺を抱き寄せ、ぽつり、ぽつりと呟いた。
「……君の、その香水は
多分アリスが最後に着けていたものと同じなんだ。
あの子は私のようなジジイが相手でも、少しもつまらない素振りを見せずに笑ってくれたから……
あの子の力になりたくて沢山通ったものだよ」
「……そう、なんですね」
「つい、懐かしく思って。
酷くしてしまって悪かった。元々あまりそちら側の経験は無いんだろう」
突然の優しさに、思わず涙が溢れそうになった。
いつからこんなに俺は弱くなってしまったのだろう。
悔しくて、自分が惨めで、悲しくて
でも、アリスさんの努力を知ってくれている人が確かにいる事が嬉しくて。
微かに震える唇をグッと噛み締めて堪えた。
「……あの子は元気にしているだろうか」
寂しそうにそう言うαは
とても嘘を言っているようには思えなくて
アリスさんの人柄の良さが
こうして客にも反映されるのかと思うと
不思議と、あまり辛くはなくなる。
「…きっと、元気にしていると思いますよ。
俺には良く、分からないけれど……」
毎日、笑顔で頑張ってるよ。
きっと何処かで無理をしているかもしれないけど
それでもアリスさんは、自分の足で強く立っている。
そう、伝えてやる事も出来ない自分に
嫌気がさす。
「今日はありがとうね。
君も大変だとは思うが、頑張って」
「……ありがとうございます。
また是非機会があれば、お待ちしていますね」
別れ際の優しい笑顔に
初めてこの場で、悔しさとは違う涙が零れた。
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