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#11
アリスさんに寄り添って眠る夜は、
不思議と嫌な事を忘れることができた。
アリスさんの香りで満たされた空間は、
どこまでも俺に力をくれた。
「じゃあ、俺そろそろ準備もあるし一回家戻るね。
今日も1日頑張ろう!」
「うん。…またね、アリスさん」
少し跳ねているアリスさんの寝癖を梳かして
そのまま抱き寄せる。
玄関を一緒に出て、
背中が見えなくなるまで見送れば
再び静けさに包まれたこの部屋で1人
どうしようもない虚無感に襲われた。
ずっと1人でいるよりも、
アリスさんが行ってしまった後の1人の方が寂しい。
自分の匂いだけがする部屋よりも、
アリスさんの姿はなく、
その香りだけが微かに残った部屋の方が何倍も、辛い。
…なんて、贅沢なものだ。
「……あ、香水…」
リビングに戻って目に入った小さな丸い瓶。
それはアリスさんが俺の好みに合わせて使い出したものだった。
毎日使ってくれていたのだろう。
随分と減ったそれが愛おしい。
まあ、どうせまた来るだろうし。
無くて困るものでもないだろうから、
少しの間預かっておこうかな。
目につく位置にそれを置き、
俺は今日も
見知らぬ誰かに抱かれる為の支度を始めた。
いつまで、こんな日々が続くのだろう。
いつになったら、俺はこの苦しみから解放されるのだろう。
そんなこと、考えたところで無駄だとわかっている。
助けを求めたい
…そう思っても、もうこれ以上誰かに迷惑をかけるのは嫌で。
山内から来ていたメッセージには
『辞めることになった。』とだけ返信して、
その後の連絡は全て無視した。
送迎は、顔見知りも多いので自走で向かうと店長に言った。
直行直帰という対応をはじめは渋っていたようだが、
逆らう事なく仕事を終えて見せれば何も言われなくなった。
Ωのアリスさんとは違い、
そういう風に出来ているわけてはない身体は
一向に“される側”には慣れず、
溢れるほどローションを仕込んでも入念に解しても、
身体的、精神的な苦痛を味わうだけ。
それでも…アリスさんが責められずに済むのなら。
アリスさんを守れているのなら。
俺の中の何よりも大きなその気持ちだけが
一歩を踏み出す動力になった。
拒むものか。
壊れるものか。
いつか、全部終わったらアリスさんと共に生きていくために。
家を出る間際、ほんの気持ち程度
アリスさんの置いていったバニラの香水を振り掛けた。
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