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#29

事務所にたどり着けば、そこにはもう山内君の車があった。 俺達が着いたのを確認すれば 慌てて走り寄ってくる。 「アリスさん!…健太!」 オドオドしてる山内君に、健太君はポンと頭に手を置いた。 その声は聞こえなかったけど 健太君の唇は“ありがとう”と確かに動いていたように見える。 3人で向かう事務所までの道のりは 不思議とあまり怖くはなくて 山内君の少し安心した顔と 健太君の引きつった顔が、何だかちぐはぐで面白く感じてしまう。 健太君を挟んで並び、事務所の扉の前に立った。 健太君と俺の手は 固く繋がれている。 痛い程に、強く。 「じゃあ……僕はここで待ってるから 何かあったら直ぐに呼べよ」 「あぁ…ありがとうな、わざわざ」 健太君が、いっそう強く俺の手を握った。 「あ、アリスさん!」 「ん?」 「…落ち着いたら健太1発殴る許可ください」 潤んだ瞳で、右手に拳を作る山内君に クスリと笑みを零した。 「もちろん。俺も3発はお見舞するつもりだからねっ」 健太君の困ったような笑い声が微かに響く。 「…じゃ、行こっか。健太君」 山内君に目で合図して 健太君と頷きあって 目の前に立ちはだかるその扉を押した。 「…失礼します」 健太君の声に反応した店長は パチパチとキーボードを叩くその手を止めて顔を上げる。 と、 「レイ!どうしたんだい?久しぶりだなぁ…!」 まるで俺しか見えていないように 健太君の存在なんてどこにもないかのように俺を見て 異常なくらいに優しく笑った。 「…店長、あのね──」 「レイ、どうした?何かあったか?大丈夫だよ、今日もレイに敵うような奴は誰もいなかったよ、レイが1番だ」 くらい…なんかじゃない。 彼は、異常だった。 「名前で呼ぶの、辞めてって……俺ずっと言ってたよね」 「あぁ〜そうだったか?いいだろう、別に。レイはレイなんだか──」 「ほんとにやめて」 「…」 吐き気がした。 俺を大切にしている事は当時から十二分に伝わってきていたけれど まさか、ここまでとは。 俺も麻痺していたんだと思う。 あの頃は、俺の事を求めてやってくる人間ばかりを相手していたから。 それしか知らなくて、それが普通だと錯覚していた。 昼の仕事を始めて、そんな風に甘やかされるのが普通でない事を知ってしまった今では その優しさが、奇妙でしかなくて。 「…店長に、言いたい事があって来た」 今、改めて 健太君が隣に居てくれた事を心から感謝した。

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