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第5話

 そう言うと、彼女は布を外した。トールの前に、ケーキの美味しそうな姿が現れる。 「美味しそうだな」 「今日はね、私も手伝ったのよ」 「へえ。偉いな、フィン」  トールはフィンの頭を撫でた。  フィンは、トールより三歳下だった。トールにとっては妹のように可愛い。 「──おや、トール。久しぶりだね」  ふいに、そんな声が後ろから聞こえてきた。フィンの母親だった。 「こんにちは。伯母さん」 「元気だったかい?最近、うちに来ないじゃないか」 「ええ。元気にやってます」  トールの顔からは、フィンに見せたような笑顔は消えていた。何処か他人行儀だ。  彼は、余りこの伯母が好きではなかった。  フィンの母親は、トールに様々な表情を見せる。  優しいが、時折その瞳のなかに、憐れみや蔑みの色が浮かぶことがある。  そして、彼女が父親(イオ)をよく思っていないことを、その言葉の端々から、トールは感じ取っていた。  子ども(ボク)には、分からないとでも、思っているのだろうか……。  それが分かるようになってから、可愛いいとこのフィンの家にも行かなくなった。 「母親……か……」  誰にも聞こえない呟きが零れ落ちる。  トールは、フィンと母親が話をしているのを、遠いものでも眺めるような心持ちで見ていた。    トールには、自分を産んでくれた母親の記憶が、ほんの少しもありはしなかった。  名前は、リリカ。フィンの母の妹。それ以外は何も知らない。イオは、トールの母であり、自分の伴侶であるリリカのことを、一言も口にしないし、トールも別に訊こうとは思わなかった。  母親がいないことの淋しさはトールにはない。イオさえいてくれれば、それで良かった。 「トール、あっちに行きましょう」  フィンが母親と別れて、トールの手を取った。ケーキの籠はいつの間にか、母親の手に渡っている。 「いいの?お手伝いしなくって」 「いいの、いいの。ね、ケーキ少し貰ったの。あそこの木の下で食べましょう」  二人は“市”の立つ広場の端の木陰に座り込んだ。フィンが母親と作った胡桃のケーキと、“市”で買ったミルクで、軽い昼食にする。 「おいしい?」 「うん。おいしっ」  そうトールが答えると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばさせた。  トールはケーキを頬張りながら、村人や行商人たちで賑わう広場を眺めた。  様々な店が並んでいる。屋台を出す者、ござの上に品物を置く者。フィンの母親のように籠のなかに入れて、売り歩く者、店の形も様々だった。 「あっ!」  ふいに、トールが叫んだ。 「どうしたの?」 「イオだ!イオが来てる!」  途端にトールの顔が輝いた。彼は何気なく眺めていた賑わう人々のなかに、見慣れた男の姿を見つけた。それは、この間の狩りの獲物の、肉や毛皮を持ったイオだった。 「珍しいな、父さんが来るなんて」  普段捕った獲物は、“市”ではなく、村外れの家に近い、決まった飲食店に卸している。 「ああ、それなら一緒に来れば良かったな」  トールがまだ買い物が出来ないくらい幼い頃、“市”には数回来た記憶がある。でも、それも遠い昔だ。  トールの心は弾んでいた。

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