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第23話

 足に絡みつく程に繁った瑠璃の花。谷全体を覆い尽くすような甘やかな香り。  そのなかを歩き、切り立った場所から見下ろすと、川の水すら見えないその場所に、白銀の輝きを見た。    夢のなかで……。  夢か、現実かもわからないあの夜の。  あの場所で、白銀の獅子と出逢った……。  トールはその輝きに向かって走った。険しい岩肌にも瑠璃の花が繁っていて、元の形を(とど)めていない。  途中何度も踏み外しそうになったり、転んだりしながら、辿り着く。  彼が近くまで来たのに気がつくと、前足を伸ばし座っていた獅子が、ゆったりと立ち上がる。  銀のリボンは、彼の足許にあった。  トールは背から一本矢を抜き取った。 「──、噛み殺したのは、お前だな」  甦った、もうひとつの記憶。  それは、ずっと幼い頃の。  小さな自分の頭上を飛ぶ銀色の獅子。  ギャッというような、表現しがたい悲鳴。  振り返ると、仰向けになっている男を獅子が踏みつけにしていた。  男のアイボリーの服が紅く染まっていく。    男──父さんの顔は、とは似ているようで違っていた。 「そうだ。お前の父親を殺したのは、私だ──お前は、どうする?」  頭のなかに、静かな声が響いてくる。 『次に出逢った時……お前はどうするだろう』  夢の、また夢のなかで囁かれた……。  謎かけのような言葉。  今ならその意味が解る。    どうする?  どうする、だって?      「こうするさ」  矢をつがえ、キリキリと引く。  銀の獅子に向かって。  白銀の獅子は、静かにそれを見ていた。  まるで、死を受け入れるかのように。  どうする?    どうする?  頭のなかで木霊する。  もう既に引き切った状態だというのに、矢は放たれない。  ふるふると両手が震える。  そして──矢は、全く違う方向へと放たれた。  弓を手にしたまま、だらりと両の腕を下げた。  やっぱり、無理だ……。  が甦った時から、迷いはあった。  今世(こんぜ)で、人間(ひと)として、父親の(かたき)を討つか。  それとも──。 「できないよ、だって」  ずっと幼い頃なのに、鮮明に浮かぶ。  森のなかで何度か巡り合った。  優しい青と銀の瞳。  温かな白銀のたてがみ。  白()()子は──だったんだ。  今眼の前にいる、彼も。  ──ボクがイオを殺せる筈がない。  それに──。    それよりも、もっと、ずっと、遥か遠い過去の記憶。  ボクラハ……フタリデ……。    白()()子は、ボクをどうするだろう。  項垂れながら、そっと視線を彼の方に向けると、獅子は今しも飛びかかろうとしているところだった。 「!!」  白銀の軌跡を残しながら跳躍する。 「イオ……っっ」  トールは仰向けに地に倒され、その身体全体で、獅子の重みを感じた。

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