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第22話
ギャン。
ギャウン。
自分の周りで獣たちの声が響く。
トールも矢を放ったが、それは一本だけ。後が続かなかった。
それなのに、倒れた数はそれ以上。
銀の獅子だった。
彼がトールに飛びかかる獣を全て薙ぎ倒す。噛み千切り、爪で切り裂く。
ガウオォォォ
獅子が遠吠えをすると残りの獣たちも散っていく。
今は、獅子とトールだけが対峙していた。
なんで。助けて……。
いや、違うのか。
自分一人の獲物にする為に?
トールは再び弓をつがえようとしたが、遅かった。それよりも早く獅子が飛ぶ。
スローモーションのように、頭の上を通り過ぎる獅子の腹を仰ぎ見る。
そう……。こんな光景だ……。
遠い昔、見た……。
そして。
血塗 れの……。
頬を撫でるように風を感じ、それから鋭い痛みを感じ……。
ふぁさりと肩に髪がかかった感触。咄嗟に自分の髪を掴んだ。
リボンが。
ぱたっと背後で着地音がして振り返る。
自分の髪を結んでいた筈の銀のリボンを、獅子がその口に咥えていた。
それを見た途端、かっと頭に血が上った。無謀にも自分よりも大きな獣に、手を伸ばした。
「返せ! それは、イオのだ」
そうだ。イオのだ。
あの夜、イオがボクの手に握らせた。
『──これは、私のだ』
静かな。
けして、銀の獅子の声帯を通った声ではない。
頭に、直接響くような。
「な…………っ」
頭のなかに話しかけられことにも、その言葉そのものにも驚く。
この声……。
泣きたいくらいに、懐かしい……。
白銀の獅子は、その身を翻し、森の奥へと消えて行った。
★ ★
きらきらと白銀に輝く道筋を辿る。これが谷に向かう道なのだと、何故だか信じられた。
重なり合う木々の隙間を縫って、淡い光が漏れてくる。
瑠璃色の。
それに誘われるように足も速まる。
森を抜けた途端、ゴオォォォと強い風が吹く。
何かがトールの周りを取り巻き、時折痛いくらいにぶつかってくる。
先が見えず、視界の全てが瑠璃色だった。
それが瑠璃の花だとわかったのは、風が治まってからだ。
一面の瑠璃色。
「そんな…………」
昼間は、こんなんじゃなかった。
ほんの、一時 で?
いつものように、昼間も谷を訪れた。ただ、寝転んで思い悩む為だけに。
その時見たのは、相変わらず緑の間に見え隠れする瑠璃色だけだった。
今は──谷の全てが瑠璃色だった。
甦った記憶よりも更に。
他に何も見えないくらいに埋め尽くされ、空気の色さえ違って見える。
匂いが……。
あの頃、匂いはそれ程強く感じていなかったように思う。
それなのに。
酔ってしまいそうな程に……甘い。
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