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第21話

 フィンが話した不思議な話。恐らくそれと同じ夜──月光の美しい……。  痛みで眼を覚まし、うっすら開けた眼に映ったのは──銀色の獅子──ではなく、銀色の髪の男だった。  ボクを愛おしげに見つめる、青と──銀の瞳。  いつもは見えない右眼を(ひら)いた、少しきつい印象の美貌。  あれは──イオ。  しかし、すぐに眼を大きな手で塞がれ、再び眠りに落とされた。  果たして……これは、夢なのか、現実なのか。   『私は遥か昔から、もう随分と長いこと、お前を捜していた。お前が私の前に現れるのを。今度は、お前が、私を捜せ』  夢のなかの、更に夢のなかで囁かれた。  イオの……甘く切なげな声。  そっと、熱く痛みを覚える箇所を指先で押さえる。 『これは……(あかし)だ。お前は私のものだという……(しるし)』  胸が甘やかな音を立てる。    でも……。  もうひとつ別の記憶も甦る。  それは、それよりもずっと、幼い頃の記憶。  今度は胸がきりっと痛む。  彼は寝台の上に無造作に置いてあった弓矢をぎゅっと握った。  ボクが、あの谷に焦がれた理由は、あったのかも知れない。  乱れた髪を銀のリボンで結い直し、きゅっと唇を噛み締めた。 ★ ★  月光も届かぬ真っ暗な森を歩む。  今日はいつも違う感覚だった。  いつもは、そう、(いざな)われるように森のなかを歩き、“悪魔の谷”まで行くことができた。  今日は──拒まれている。  この森は昼なお暗く、村では、迷い、出ることの出来ない森と言われている。トールはこれまで、そんなことはないと思っていたが、今はそれを実感している。  そして、其処彼処に獣の気配。危険な獣の。トールは背中に背負った矢を一本手に取った。  今まで、こんなことなかったのに。  何かに大切なものを失ったような気がした。 「あ」  眼の端で銀色の陰を捉える。  森のなかに入ってから、ずっと見え隠れしている陰。  追っているのか、追われているのかわからない。  今度こそ捕える……!    獣たちの威嚇する声が聞こえてくるが、構わず走り出す。  銀の陰を追いかけるが、また見失う。  ここは、いったいどの辺なんだろう。  谷に近づいているのだろうか……。  どちらを向いても鬱蒼と樹しか見えない。  森のなかをこんなにも不安に思うことは初めてだった。  グルル、グルルという声にまた取り囲まれた。  気づけば、正面に一際大きな──銀の陰。  いつの間に。  見失ったばかりだというのに。  今まで遠巻きに見ていて獣たちがじりじりと近づいてくる。飛びかかろうとしている気配を感じ、トールは咄嗟に弓をつがえた。  獣たちが一斉に宙に浮く。  そして、銀の陰も。

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