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第20話

 傷ついた頬を撫でる、湿ってざらついた感触。カサカサと上掛けを剥いでいく気配。更に爪と牙で衣服を裂いていくような……。    食べられる……っ!  傷ついた身体の其処彼処を舐められ──しかし、想像した痛みはやってこない。肉を引き裂かれる痛みは。  いつまでも舐め続けられ、逆に今までの痛みが引いていくような気さえしていた。  再びそっと薄めを開けると、獅子と眼が合う。    銀と青の……宝石みたいな……。  優しい瞳……。    そう感じた。    銀色の獅子……。  月光を浴びて銀色に見えているのかと思った。そうではなかった。  全身が銀色の獅子だった。そして、今は銀色の光をも纏っていた。  白銀の、神々しいまでの輝き。  そう認識して、すっと意識が遠退いた。 ★ ★ 「眼が覚めると……その夜のことは何も覚えてなかった。激しく傷つけられた身体は、擦り傷と打撲程度になっていて、みんなが奇跡だと言ってた。みんなと同じ嘘の記憶を信じてた……春頃まで」 「嘘の記憶? オレやフィンたちばかりじゃなくて、村の人たちまで? そんなこと、あるわけ──」  そんなことあるわけない。  そう言おうとして。  ほんとに? ほんとにない?  こんなにも心が騒めいているのに?  トールの心を読んだように、こくんとフィンが頷く。 「ある朝、霧が晴れるみたいに、急に思い出したの。あの夜のことも、それ以前のことも。不思議な話……でしょ……?」  痛い……っ。  急に身体が熱くなる。痛みを感じる程に。  その痛みの中心は。  あの、痣が……。 「あの銀の獅子は、もしかしたら、神様だったのかも」 「そんなわけあるか……っっ」 「きゃっ」    もう、記憶は今にも溢れ出そうになっている。  それが怖くて、拒絶した。  フィンを突飛ばし、バタンッと扉を閉めた。  鍵をかけ、扉に手をつき、はあはあと荒い呼吸をする。  痛い。熱い。  扉の脇にある鏡に自分の姿を映し、ぐっと襟を下げる。普段は服に隠れて見えない、鎖骨の窪みの辺り。  昔からある筈の痣が、今つけられたかのように見える。紅く、色鮮やかに。  なんで。  頭がずきんずきんと激しく音を立てている。ふらつき、あちこちぶつかりながら、どうにか寝室まで辿り着いた。 ★ ★  寝ているのか、起きているのかわからない時間を過ごし、ふと気がつくと月の光に照らされていた。  頭は、霧が晴れたかのようにすっきりしていた。  まるで、今まさに目の前の出来事のように浮かびあがってくる。  肩よりも長い金色の髪。いつも、銀のリボンで結んでいる。ボクがあげたリボン。  目覚めないボクを起こす不機嫌そうな顔。  長い前髪で片眼を隠した、冷たい印象を与える美貌。微笑めば、どきんと胸が音を立てる。  ボクだけに見せてくれる笑顔。  ボクを背負う温かな背中。  涙を拭う、舌の感触。  大好きな……イオ。  全てを思い出す。  いなくなる数日間の気まずさ。  の朝、イオはボクを起こさなかった……。  つつーっと、涙が頬を伝う。  それを拭ってくれる舌はもうないというのに。

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